ニセモノ

 ――とりあえず、デートするか

 館崎亮介からの提案を華子は受け入れた。しかし、恋人になれたという実感はなかった。あるのは、異様な感情。浮つくような、恐怖。

 最初こそ、華子はこの告白を喜んでいた。そう、楽しくて仕方がなかった。自分こそが館崎亮介の隣に相応しいと、信じて疑わない。

 だが、この告白は罰ゲームなのだ。

 真の意味で、華子は館崎亮介と恋人になれたわけではない。むしろ、館崎亮介にとって、この恋人関係は罰そのものなのだ。そして、同時に、華子にとっては罪そのもの。華子の細工によって成り立った関係に、華子自身が苦しめられている。

 華子の精神は自身でも気づかないほどに追い詰められていた。罪とか、罰とか。それを消し去りたい。

 華子の次の目標は自然と定まっていた。館崎亮介の罰ゲーム期間は一ヶ月間。その時期が来れば、この恋人関係は即時に解消されるだろう。

 本物の恋人にならなければ。

 本物にならないと。


  *


 週末のデートに向けて、華子は伊坂優太に協力を仰いだ。

「――わたしと館崎君がデートをすることになったから。その瞬間を写真で撮って欲しいの」

「……えっ? えぇ? ふ、二人は付き合い始めたのっ?」

 伊坂優太は素っ頓狂な声を上げていた。華子は視線で黙殺する。伊坂優太は蛇に睨まれたかのように身体をびくりと震わせた。

 伊坂優太は高嶺の花と付き合い始めたというのに、その本質は変化していないように見えた。もちろん、一時期は注目を浴びて、さらに言うならば、男子からの嫉妬と憎悪も多かった。が、古崎美恵がゾッコンだった事実が、少しずつ沈静化させる薬になった。

「場所は逐一連絡するつもりだから」

「え、でも……」

 こういうとき、華子は決定事項として話すようにしている。伊坂優太は最終的に勢いの押されて頷いていた。

 館崎亮介は華子との関係を秘密にしようとしていた。想定された事態だ。だからこそ、既成事実を作る必要があった。

 写真は、流出するための、必須材料だ。


  *


 ――面倒なことに巻き込まれたなぁ。

 伊坂優太は草鹿華子と館崎亮介のデート場面を遠くから眺めながら、そんなことを思う。

 伊坂優太に、草鹿華子の言いなりになっている自覚はない。伊坂優太は草鹿華子に恩義を感じていた。草鹿華子に背中を押されたから、自分は古崎美恵と付き合うことができた。驚くことに、彼女もまた自分のことが好きだったらしい。後の事実に驚愕したものだ。

 いくつか写真は撮っている。しかし、なかなかうまく行かない。そもそも、二人の様子が恋人らしく見えないのだ。

 そのとき、洋服屋から二人が出てくるのが見えた。伊坂優太は慌てた様子で写真を撮った。偶然にして運が良い。ちょうど、彼らは手を繋いだ瞬間だった。

 ……この写真、何に使うつもりなのだろうか。伊坂優太は自分のしていることの不可解さを改めて思う。せめて、犯罪まがいのことに巻き込まれなければいいが……。

 そのとき、自分の持っているスマートフォンから通知が届く。胸が微かに高鳴る。彼女からだった。

『いまひま?』

 伊坂優太は彼女に向けて返信をしようとする。しかし、それよりも早く、ふたたびの通知。

『午後からでも、遊びに行かない?』

 伊坂優太は顔をしかめた。せっかくのお誘いだ。が、今は出来そうにない。草鹿華子たちのデートが午後に終わるようにも思えなかった。

『ごめん。今日は予定があって……』

 送ると、即返答が来た。

『――予定?』

 続く。

『なにかあったっけ?』

 慌てる伊坂優太にトドメの一撃。

『うわき? ねえ、うわきなの?』

『ちがいますッ!』

 そこで、伊坂優太は視線を感じた。反射的に顔を上げている。――ゾッとした。館崎亮介が、自分に目を向けているように見えたのだ。伊坂優太は咄嗟に背を向けて歩き出す。頭の中では草鹿華子に対する言い訳と、彼女に対する弁明が入り混じっていた。


  *


「……はぁ?」

 試着室に入っていた華子は、伊坂優太からの通知に思わず声を洩らした。本人曰く、予定が入ってしまったため、途中で抜けるとのことだ。意味がわからない。伊坂優太はそれまでの間に撮った写真を送ってきた。

 あまり、恋人らしく見えない。唯一、手を繋いでいる写真が説得力があるだろうか……。これは、本物なのだろうか。

 館崎亮介も、このデートを退屈しているようだった。義務的にこなひているような感覚だ。わずかにカーテンを開けて、館崎亮介の様子を窺う。彼は、壁に貼り付けられたポスターを見ていた。そこに綺麗なモデルがいる。

 ――イモいよ

 そうか、自分はやはり、イモいのか。

 華子は自身を顧みて、苛立つ。館崎亮介から渡された服装。少なくとも、華子が選ぶことがなかった服だ。……センスがいい、というのだろう。落ち着いているのにお洒落だ。きっと自分でも到底思いつかない。

 これでは、本物になれない。

 焦燥感を抱きながら、華子は試着室を開けた。

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