ゲームの裏側

 学校の裏側。

 そこへ、伊坂優太は古崎美恵を呼び出した。華子は別の教室から二人の様子を窺っていた。おそらく、館崎亮介たちもどこからか彼らの様子を監視しているだろう。その結果を、戦々恐々と見守っているのだ。

 告白予想ギャンブルという罰ゲームが行われたのは、今から三日ほど前の話だ。華子は事前に伊坂優太が古崎美恵に告白することを、館崎亮介らにとってのネタを提供していた。餌に食いついたのだ。

 華子だけが知っていることがある。古崎美恵が密かに伊坂優太を想っているということ。同時に、伊坂優太も古崎美恵に好意を抱いているということ。

 実に、物語的展開だ。が、きっと館崎亮介であれば、この物語的展開を予測しない。どこまでも現実主義者である彼は伊坂優太の告白が成功するなんて露ほども思わない。

 この成功することが決まっている告白現場を見下ろしながら、華子は思う。

 これぐらい、利用したって構わないではないか。――自分たちは長年の恋が成就されるのだ。現実にはあり得ないような、そんな物語を謳歌するのだから。それをわずかでも分けて欲しい。

 古崎美恵が歩いてきた。華子の表情に真剣味が帯びる。しかし、直後、華子の口元は緩んでいた。……古崎美恵の歩き方がおかしい。ぎこちなく、時折、右足と右腕が同時に出ていた。緊張している。古崎美恵らしからぬ緊張だ。ああ、これは決まった。

 伊坂優太の方も極度の緊張に晒されているだろう。お互いの間にある貴重な雰囲気を華子は感じ取った。そうして、時は訪れる。

 伊坂優太の一世一代の告白がなされた。


  *


 伊坂優太は華子のことを恩人と口にした。この恩は忘れないと。古崎美恵と無事付き合うことができた彼には、華子の思惑など察していなかった。察する必要もないのだろう。彼にとっては今が幸福の瞬間なのだ。

 華子は微かに微笑みながら頷いた。

 どうせ、いつまで続くかわからない恋だ。古崎美恵がどの程度、伊坂優太に対して想っているのかは不明であるが、これが釣り合うとは思えない。崩れ落ちるはずだ。

 だが、それは華子にとってどうでもいい。関係のない話だ。

 この恋は利用させてもらう。自分の目的を達成するための、手札として。


  *


 ――来た。

 ついに、来たのだ。

 五キロの長距離走。そこで、そのグループ内での順位が最下位だったものが、草鹿華子に告白するという罰ゲーム。華子が求めていたものがやって来た。

 この持久走は競争という体裁はあるが、その九割は完走することのみを目的としていて、競争原理の欠片もない。華子もその一人だった。適当に走りきり、男子の番を待つ。本来であれば、伊坂優太にも手を借りたいところだったが、持久走をしている間に手伝うのは困難だ。そこで、華子一人で事を成し遂げることになった。

 男子の持久走が始まる前に、走るルートに待ち伏せをする。それはちょうど、二つの道に分かれている地点である。学校が設置した案内図に視線を向ける。……ここが、細工をしやすい場所だろうか。

 正規ルートと非正規ルートだ。非正規ルートに行けば、間違いなくゴールにはつかない。この先に行けば、スタート地点に戻るようになっている。

 華子は館崎亮介を待った。一人、また一人と抜けていく。まだ、いない。とても長い時間のように感じられた。

 そして、彼はやって来た。

 館崎亮介の姿が見えた瞬間、華子は案内図を逆向きに変えていた。あとは隠れる。そっと館崎亮介の顔を見ていた。滴る汗。荒い息。張り付く髪。真剣な顔つき。華子は自分の身体が火照るのを感じた。羞恥心と快感が同時に襲いかかる。華子は自分が笑みを自然と浮かべていた。

「……館崎君」

 館崎亮介は、道を遠ざかっていく彼の背中を眺めながら、その瞬間を待ち焦がれた。

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