画策

「――今回は、定期テストで、罰ゲームをするみたいだよ」

 伊坂優太からのに華子は頷いた。華子は伊坂優太という男子の力を借りて、一部の男子の中で流行る罰ゲームの情報を聞き出していた。伊坂優太自身が罰ゲームに参加していることはないが、同じ男子という特権がある。男子だからこその会話を聞くことができるはずだった。

 華子は館崎亮介と恋人になるための行動を始めた。若井チサは脱落した。館崎亮介の前に現れることはない、はずだ。

 罰ゲーム内容はそのときによって西尾が中心となって決めているらしい。罰ゲームの内容を華子は聞いて、それにどうにか介入する。

 ゲームバランスを崩し、館崎亮介が罰ゲームを受けるような流れに持っていく。

 定期テストはマークシート方式で行われる予定であった。席順が、草鹿。二席空いて、館崎と続いたのも幸運だ。

「――答案を変えられる」

 答案は同様のものを用意する案を最初に考えた。――が、用意することが難しいため却下した。となると、マークシートを活用できる方法を考える必要がある。

「あ、あの。草鹿さん。何を考えて」

「うるさい。黙って」

「あ、はい……」

 伊坂優太がしょんぼりする様子を横目で見ながら、華子は思考をフル回転させていた。方法は、おそらく――


  *


 定期テスト当日になった。

 華子は普段通り、テストを解いた。ただし、マークシートは一段ズラした状態で、だ。その後、名前には館崎亮介のものを書いておく。マークシートで書く項目は名前と出席番号しかない。ある意味、筆跡は誤魔化しきれる可能性がある。

 テスト終了後、華子は後ろから回ってきた館崎亮介の答案に対して、名前だけを書き換える。それは華子の名前とする。もたつく姿はご愛嬌。これまで築き上げてきたイモ女という特性を十分に利用した。作業を終えて、引き攣った笑みで前に渡すとき、早くしろよ、と鬱屈そうな表情が見えた。

 これを何度か繰り返す。すべてをやる必要がない。流石に不自然となる。華子は自分の作業を終えると、ひと息ついた。

 後日、テスト返却により、館崎亮介の罰ゲームが決定した。だが、華子の望む告白の罰ゲームではなく、激辛ラーメンを食べさせられる、という罰ゲームだった。

 しかし、一度は介入ができた。それは華子に大きな自信をつけさせた。この調子で、告白の罰ゲームが来るのを待てばいい。

 華子は館崎亮介のものだった答案用紙を見下ろした。黒く塗りつぶされたマーク。それが館崎亮介の手によって書かれた。華子は見下ろし、愛おしそうに撫でた。黒点が、鈍く光に反射した。


  *


 華子の工作は成功と失敗を繰り返した。完璧な成功は求めていなかった。華子の工作は多種多様で、まるで意味をなさないときもある。ばら撒かれた可能性が、意外な場面で発生することもあった。とにかく、質よりも数を重視した。

 結果的には華子の画策は成功していた。なんせ、館崎亮介に対する罰ゲーム執行率は明らかに増加していたからだ。問題は、罰ゲームの内容が一向に告白が出てこない、ということである。

 おそらく、一度は告白の罰ゲームを行っているため、重複を行いたくない、という意識が働いているのだろう。

 ――現在、体育祭の最中である。

 華子は罰ゲームにつおて考えながら、次にレースを行う館崎亮介を眺めていた。比較的女子の人気度が高い館崎亮介は、声援の量も多い。華子は女子たちに交じるようにして、館崎亮介を見つめる。

 彼の、レースが始まった。

 彼の走りは速い。運動部に所属していないにも関わらず、一番を独走しようとしていた。だが、寸前。

 彼の身体が傾いた。館崎亮介は転けたのだ。

 ……ばら撒いていた可能性の一つが実った!

 華子は咄嗟にそう思った。以前、館崎亮介の靴の紐に細工をしていた。紐がギリギリ切れない範囲で切っておいたのだ。それが、この場面で偶然切れたに違いない。

 このレースは罰ゲームの対象だった。だが、内容は華子が求めているものではない。

 ここからはアプローチを変える必要があるのかもしれない。館崎亮介のレースを終えると、華子は女子の集団からそっと離れていく。歩きながら、そのアプローチ法を考えている。

 何かしら、告白を仄めかす方法を探る必要がある。今の華子は、十分罰ゲームの告白対象として認められるだろう。この、告白に繋げる下地を作りたい。

「……あ、草鹿さん」

 不意の声。いつの間にか足は学校の裏側に来ていたようだ。誰もいない場所でゆっくり考える時間がほしかったが、それが仇になった。同族である伊坂優太もまた、その場所にいた。既にレースを終えていた伊坂優太は、ぽつんと座り込んでいる。華子を見ると、慌てた様子で立ち上がった。

「なにしてる、わけ?」

 華子は一応の意味で尋ねた。

 伊坂優太は狼狽える。

「えっと……、――きゅ、休憩」

 サボっていたらしい。気持ちはわかる。

「……ねえ、伊坂君」

 ふと、奇抜な案が浮かんだ。

「ん?」

 伊坂優太は警戒心のない表情を返した。

「――伊坂君は、まだ、古崎さんのことが好きなの?」

「ふ、ふぇっ?」

 伊坂優太はこちら側が見ても笑えるほど慌てていた。その反応が、さらに自分の案を現実化させていく。これは、使かもしれない。

「伊坂君。古崎さんと恋人になりたくない? わたし、それができるよ」

 伊坂優太は驚きに声を失っていた。しかし、その瞳は、微かな期待を宿した。

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