嫉み妬まれ

 高校に入学してすぐ、館崎亮介との再会を果たした。華子は運命というものが存在するのではないかと思うほど歓喜した。

 が、華子の嬉しい出会いとは裏腹に、館崎亮介と接触する機会はほとんど訪れることはなかった。――華子自身も館崎亮介を見ているだけで十分だった。

 これまで遠い過去となっていた好意だけは募る。自分は改めて館崎亮介が好きなのだと理解できた。

 高校生活は可もなく不可もなく。なんとも、つまらない日常を過ごしていた。唯一の話し相手は同じく入学を果たした伊坂優太ぐらいだろうか。物語属性を宿す彼は、何の意図があってか、古崎美恵が入学している本当の理由を知らない。

 華子は高校ではいいように使われた。特に、石野奈緒は事あるごとに華子に仕事や責任を押し付けてくる。――おばあちゃんの葬式で……。お前には何人のおばあちゃんがいるんだよ、と叫びたくなる。

 あんなきゃぴきゃぴした女子は嫌いだ。ろくに自分の仕事も責任も果たすことができない。――そんな人に限って、彼氏がいたりする。とても不平等だ。華子は苛立ちをぶつけるかのように、教室の掃除をこなしている。

 華子が嫌いな女子はもう一人いた。

 ――若井チサ。学年屈指の不良娘だ。

 若井チサの悪行は数知れず。なぜ退学しないのか不思議に思う始末だ。

 一度、華子の机に腰を下ろし、友人とお喋りをしていたことがあった。華子はその光景に固まった。動けなかったのだ。ただ、ひたすら念じていた。そこはわたしの机だ。早く退け。今すぐ退け。

 念じた祈りは別の意味で届いた。若井チサが、華子の方に振り向いたのだ。華子は若井チサの鋭い視線に硬直する。蛇に睨まれたかのように動けなくなる。

 若井チサは首をひねる。隣りにいた友人が若井チサの肩を叩いた。

「あ、この席じゃね?」

「……ああ、そういうこと」

 若井チサは立ち上がると、固まる華子の横を通り過ぎる。その寸前、若井チサの口元が動く。他の人には聞こえない。華子だけが聞き取れた台詞。

「……それぐらい自分で言えよ」

 あのときの屈辱は忘れられない。言えないんじゃない。言わないんだ。どうしてそんなこともわからない。華子の怒りは溢れんばかりだった。

 そんな彼女だが、華子はある日、弱みらしい写真を撮ったことがある。――中年の男と腕を組みホテルに入る瞬間だ。偶然、コンビニに出かけている途中だった華子が後をつけて撮った一枚。この一枚を見ていると、華子はすっきりする。自分はならない。

 華子は若井チサのような、くだらない人間にはならない。


  *


 意味がわからない。

 意味がわからないッ。

 館崎亮介と若井チサが付き合っているという話を聞いたとき、華子の怒りは頂点に達した。その情報を持ってきた伊坂優太にすら、華子は苛立ちをぶつけていた。

「どうして?」

「どうして、と言われても……」

 伊坂優太は困惑したような、柔い返事をした。華子から洩れる異様な雰囲気に気圧されている。

「あの二人が合ってるなんて、あり得ない」

 あの館崎亮介と、若井チサだ。二人の相性が合っているはずがない。そもそも、あの女が館崎亮介に見合うはずがないのだ。華子はやり場のない怒りを発散したくて仕方がなかった。

「でも、告白したのは、館崎君の方からだって」

「……うそ」

 今度こそ、言葉を失った。それは館崎亮介に対する、ある種の軽蔑すら浮かんでいた。館崎亮介はあんな女を選ぶのか。それならば、どうして、自分は選ばないのだろう。自分だけが、取り残されるのだろうか。

 伊坂優太は自分の失言に気づいたのか、慌てた様子で華子に慰めの言葉らしきものをかけていた。が、華子の耳には聞こえていなかった。


  *


 華子は自分で二人の関係について調べた。そのうえで、華子はを掴んだ。……どうやら、これは、罰ゲームらしい。

 館崎亮介と周りの男子の間で〈罰ゲーム〉と呼ばれるものが流行っているらしい。何かしらを賭けの対象とし、その結果によって、最下位に罰ゲームを与える。罰ゲーム内容は様々。その罰ゲームの一つが、告白だった。これは後に知った伊坂優太の証言からもわかる。彼曰く、僕自身も賭けの対象にされていることがあるみたいだから、とのこと。

 罰ゲームならば。若井チサともいつかは別れるだろう。そんな淡い希望は日が経つたびに崩れていく。

 ひどいことに、華子の目から見ても、二人は何故かお似合いに見えてきたのだ。というより、館崎亮介が満更でもなく思い始めている節があった。

 華子には我慢ならなかった。自分はこれまで館崎亮介を見ているだけで良かった。しかし、若井チサは駄目だ。許せない。若井チサができるなら、自分にだってできるはずだ。

 考えた末に、華子はある結論に達する。


 自分が罰ゲームの告白対象になればいいのではないか。


 そうすれば、自然な形で恋人という形に持ち込むことができる。

 これはチャンスだ。

「わたしが、館崎君の、一番になれる」

 華子はスマートフォンから、ある写真を投稿しようとしていた。かつての、若井チサのスキャンダルだ。これはきっと、大きなヒビになる。まずは、館崎亮介と若井チサを引き離さなければ。

 そして、華子は写真を拡散させた。

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