思わぬ反狂

 反響は凄まじかった。

 亮介に対する質問責めが多く殺到する。最初の方こそ、亮介は否定をしていた。が、明確な証拠として写真が出回ってしまっている。既に拡散が行われていたため、亮介が否定すればするほど、その証拠の優位性が発揮されてしまう。やがて、亮介は沈黙した。黙秘権を行使する、との一言で一蹴するようになった。

 そうしてついに。一部の女子――主に石野奈緒のグループ――が、草鹿華子に突入した。

「ねえ、草鹿さん」

「は、はいっ……!」

 ――キョドるなよ、と亮介は内心呟いている。亮介自身は不貞腐れた顔でそっぽを向いている。西尾は興味深そうに教室の中心で繰り広げられるであろう光景を眺めていた。

「草鹿さんと、亮介って、その、付き合ってるの?」

「え、えっと……」

 亮介は視線を感じた。草鹿華子が自分に助けを求めているような視線を求めているのだと、感じつつあった。

 なんだ、これは。

 どこかで、明確な歯車が壊れつつあるのを実感した。急激に変化するのではなく、周囲からひっそりと外堀を埋められているような。じりじりと追い詰められているような。草鹿華子が亮介に視線を向けるということ自体が、肯定に繋がってしまう。

「えっ、まじぃっ?」

 石野奈緒は面白そうに声を上げる。

「え、じゃあさ。髪型もさあ、付き合ってから、イメチェン? したの? なぁにそれ、かわいい〜」

 ケラケラと笑う石野奈緒から亮介は意識的に視界から外した。あの台詞、一言一句に見えない、名前もつけることができない悪意が込められているように思えた。

「この眼鏡、外しちゃえば? 変でしょ、それはー」

「あ、こ、これは……、その」

「コンタクトの方が似合うってっ!」

 早くも石野奈緒は草鹿華子を自分のグループに取り入れようとしているのか。亮介は呆れたため息を吐くと、廊下に出ていった。西尾が声をかけたようにも聞こえたが無視した。

 廊下を出て、屋上前の階段を目指す。教師の目がないことを確認すると、ポケットからスマートフォンを取り出した。スマートフォンの画面をタップする。そこには話題の中心となっている、がある。

「誰が、こんなものを――……」

 写真はちょうど、亮介と草鹿華子が手を繋いでいる場面を切り取っていた。よく見れば、この写真に映る草鹿華子は、最低限以下の服装だった。――つまり、チェーン店を飛び出した瞬間を撮られたわけだ。

 自分の警戒が足りなかったということもあるが、それ以外にも、この撮影者の意図を感じる。これは、暴露することを目的としている。誰かが、亮介と草鹿華子の関係を詳らかにしたがっていた。

 考えても拉致があかない。亮介は例の写真を投稿したアカウントを確認した。ウタ、とアカウント名は記されている。これまでの履歴を遡ると、どうやら、作ってから間もないらしい。

 スクロールする手を止めていた。作ってから、間もない――?

 まるで、例の写真を投稿するためにアカウントが作られている。

「……わけわかんねえ」


  *


 教室に戻る道、廊下を歩く亮介の正面から見覚えのある顔が歩いているのがわかった。亮介はなんてことのない表情を作り、素通りしようとする。学校に来てるなんて珍しいな、とも思いを抱きながら。

 素通りした、その瞬間。

「――リョウ」

 呼び止められていた。その声に亮介は思わず足を止めてしまう。その呼び名が、懐かしかったから。

 若井チサが、亮介を見ていた。――否、強く視線を突きつけていた。話すのは久しぶりだった。亮介は小さく息を吸った。

「……なんだ?」

 若井チサは言いづらそうに表情を歪めた。若井チサらしくなかった。堂々として、我が道を行くのが、若井チサだった。躊躇いとは縁遠い存在だったはずだ。

「……リョウは、あいつと付き合ってるわけ?」

 どうして、若井チサはそのような質問してくれるのだろうか。――もう、終わってるのに。

「……ああ」

 若井チサの表情が歪む。そのまま背を向けると歩き出してしまう。亮介は一歩、足を踏み出していた。

「――おい、チサ」

 そう言ってから、自分が口にした懐かしい呼び名に驚く。自分はまだ彼女をそう呼ぶことができていた。歩き去る若井チサは、振り向くことはなかった。


  *


「――館崎君」

 声を掛けられた瞬間、亮介はびくりと肩を揺らした。振り向くと、草鹿華子がいた。人前で話しかけてくるな、と言おうとして息を呑んだ。草鹿華子の目。亮介を映す瞳。それがどんよりと、沼のように、亮介を呑み込もうとしていた。

「……なんだよ」

 言い切れない、燻った感情を押し込めて、亮介は言う。

「さっき、若井さんと話してたよね?」

「ちょっとな。大したことじゃない」

「館崎君は、若井さんみたいの人が、好み?」

「……はぁ?」

「ああいう、明るい人のほうが、好み?」

 亮介は訝しげな視線をぶつけた。しかし、草鹿華子はブレない。いつの間にか、敬語が抜けていた。

 ――別にどうでもいいだろ、と口にしようとした。が、亮介はそう紡げなかった。視線が多く集まっている。廊下でこのような会話だ。注目を浴びるのは仕方がなかった。

「……違うっての」

 吐き捨てた言葉に草鹿華子は呟いた。

「……そっか」

 口元がもごもごと動いていた。何かを紡いでいた。亮介が聞き取れた言葉は、ただ一つ。

 ――りょう、りょう、りょう……

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