落下中
あの苦し紛れのデートの翌日。
亮介は学校に登校していた。その間、亮介が草鹿華子と一緒にいることはない。表面上、二人は赤の他人であり、恋人関係には見せない。それがある種のセーフティ・ネットの役割を果たしていた。
教室に登校すると、西尾が来ていた。遅刻常習犯にしては珍しい速さだ。亮介は目を丸くする。が、西尾の人の悪い笑みを見て、なんとなく嫌な予感を覚えた。
「おめでとう、我が友よ。昨日はお楽しみだったか?」
「気持ち悪いこと言うんじゃねえ」
西尾はニヤニヤした笑みを崩さず、亮介に近寄ると、肩をどんどんと叩いた。耳元に寄せるように、西尾は言う。
「……で、どうなの?」
「どうもこうも……」
亮介はデートの内容を口にするのを躊躇った。話のネタとして盛り上がらせることができなかったと言っていい。
「……まあ、疲れた」
「ふぅん……」
西尾は不満そうに唇を尖らせた。もっと具体的な内容が来るのを期待していたのだろう。残念ながら、亮介は西尾の期待に応えられそうではなかった。
「なんだかんだ、ひと月行けそうだな」
西尾の呟きに亮介は頷いている。
「なんだかんだ、な」
「適応力が高いからなぁ、亮介は」
「はぁ?」
「若井のときもそうだったじゃん。なんだかんだ、どうにかなった。……つうか、案外良さそうに見えたんだけどなぁ……」
西尾の言い方に別のニュアンスを感じたのは気のせいではないだろう。言外に、若井チサの流出情報を指摘している。いまさら、若井チサに未練もないが、後味の悪さは続いている。
「そろそろ、次の罰ゲームも考えるか?」
「せめて一ヶ月は待て」
「次の罰ゲームは何しようかねぇ」
もはや畜生の域に達している西尾は新しい案を考えていた。そこで、教室の戸が開いた。自然と亮介は視線を向けていた。小さなどよめきが、教室に流れ始める。西尾はどうしたと言わんばかりに顔を上げて、あんぐりと口を開ける。
亮介は硬直していた。教室に入ってきたのは、亮介の話題の中心人物――草鹿華子に他ならない。しかし、彼女は変わっていた。
髪が肩ほどに切り揃えられていた。清潔感という言葉が似合う。わずかに染めているのか、ギリギリ地毛と言い張れる茶染め。一瞬、亮介の記憶の中にある、いつかのモデルのポスターと重なった。
「おぉ……んん?」
西尾は感嘆の息と困惑の表情をほぼ同時に見せていた。草鹿華子は、垢抜けた髪型に似合わない、厚い眼鏡を掛けていた。眼鏡だけが、異様に浮き彫りになっていた。
*
草鹿華子に興味本位に近づく人はいなかった。草鹿華子の中心に、遠巻きに覗く。亮介と西尾もそれに含まれていた。
西尾は視線で問うていた。――どういう風の吹き回しだ? 亮介は首を振る。――知らんがな。
亮介は草鹿華子の顔を見ていた。わずかに、化粧をしているのか。いつものそばかすが見えなかった。これは確かに垢抜けた。見るからに、
「役得じゃねえか」
ボソリと、西尾は言った。そこには面白いものを見つけた、と言いたげの表情が浮かんでいた。
「なにが?」
「あの、草鹿だよ」
西尾の、草鹿華子に対する呼び名が変わっていた。本人はそれを自覚しているのか。
「けっこうな変わりようじゃねえか。眼鏡を外せば完璧じゃん。下手すりゃクラス一、いや、学校――」
「外面と内面が一致してねえだろ」
亮介は突っ込んだ。亮介の目には、草鹿華子が映されている。草鹿華子は顔を俯かせて、机の表面を見ていた。あれほど容姿が変わっても、内面の――おどおどした様子は変わっていない。驚きはするが、亮介自身の感情が揺らぐことはない。
西尾はもったいねぇ、と呟いた。
「……まあ、お前。若井チサみたいな、我が強い女がタイプだもんな」
「……違えよ」
内心、図星であったことに亮介は表情を歪ませていた。
あの変化は、いったい何なのだろうか。亮介は草鹿華子に疑問を持った。――記憶に刺激する、唇の感触。あの瞬間だけ、亮介は自分の底を見透かされたかのような気がして、息が詰まりそうになった。
*
◯匿名希望★
スクープ写真を撮っちゃったよーΣ(゚Д゚)
*
屋上で昼食を済ました亮介と西尾は教室に戻る。すると、教室の空気がにわかに不穏さを帯びていることに気づいた。亮介は思わず足を止めてしまう。
石野奈緒が亮介に近づいてくる。ねえ、亮介と、妙に甘えたような、笑いを堪えているような声で。
「なに?」
亮介は石野奈緒の声に不愉快さを覚えた。石野奈緒はすっと、スマートフォンを見せてきた。その画面を見て、亮介は目を見開く。
「――これ、ガチ?」
そこには、亮介と草鹿華子が手を繋ぐ、デートをしている最中の写真がSNSサイト上に投下されていた。
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