愛の誓い

 亮介は草鹿華子の言葉に突きつけられた。

「あなたは、とても傲慢だ」

 草鹿華子の言葉一つ一つが、亮介の心を抉っていく。亮介がこれまで懸命に隠そうとしていたものを暴こうとする。

「人を好きになるって、すごいことなんだよ? それを、平然と裏切って、ネタにして、笑って。それが、許されることだと思う?」

「……誰だって、してるだろ」

 そうだ。していることじゃないか。亮介だけではない。恋愛というものを食い物にして、世の中は回っているじゃないか。たとえこの考えが曲たんだったとしても、亮介だけが悪いということにはならない。

「りょうくんは、自分が女の子から好かれて当然だと思ってない?」

 徐々に衝撃が身体を広がっていく。小さく息を喘いだ。揺らぐ亮介に草鹿華子は追い打ちをかけていく。

「罰ゲームはいつから始まったのかな。それ自体は、問題がないと思うよ。ただ、告白に関してのみは、わたしは肯定できそうにない。だって、あまりにもひどいことだもの。――はっきり言って、不快」

 草鹿華子の瞳に微かな悲しみが宿った。全身から訴えている。亮介を軽蔑しようとしている。それでも信じたい。葛藤を伝えてようとしている。亮介は肌で感じ取った。自分はどれほどのことをしたのか。それがいかほどの罪であるのか。一つ一つの罪状を読み上げるように、草鹿華子は言った。

「若井さんは泣いてたよ」

 亮介は何かを言おうとした。が、それは言葉にはならず、喉につっかえていた。何も言えない。言うことはきっとすべてが言い訳になる。

「ねえ、りょうくん。わたし、思うんだ。どうして、若井さんがをしたのか」

 亮介は最初、草鹿華子がどこに行き着こうとしているのか理解していなかった。ただ今の言葉だけで明確に察することができた。というより、草鹿華子がそれを安易に教えていた。次に来る言葉を容易に想像することができた。

「若井さんは罰ゲームの告白にショックを受けたから、あんなことをしたんじゃないの?」


  *


 決定的な言葉だった。逃げられない。

 しかし、亮介は首を振っていた。拒絶するように、首を振り続けた。

「あいつは、そんなことであんなことをするやつじゃない」

「そうかな? りょうくんは、若井さんのことをどれだけ知っているの?」

「お前こそ、あいつをどれだけ知っているつもりなんだ」

「罰ゲームで成り立っていた恋人関係なのに、りょうくんは、若井さんをちゃんと見ていたの?」

 不純な動機で作られたの関係で、若井チサをどれだけ知っていたのか。知っているつもりでいたのか。表面だけしか見ていないのと変わらないように。亮介は罰ゲームとしてでしか、若井チサを見ていない。

「りょうくんは、告白を罰ゲームにしちゃうような、そんな人なんだよ? 相手の気持を理解できるような、そんな大層な人間なの? ――違うよね? りょうくんは、若井さんの背中を押しても同然なんだよ」

「違うッ!」

 違わないよ、と草鹿華子は否定する。

「りょうくん。目をそらしちゃだめだよ。わたし、見てたよ。りょうくんはあの日、何か紙のようなものを持ってたよね? あれは、若井さんの遺書だったんじゃないの? そこには、なんて、書いてあったの?」

 ――あなたをゆるさない

「持ってなかった」

 ――あなたをゆるさない

「嘘だよね。もう捨てちゃった? そりゃあそうだよね。バレたくないもんね。自分が若井さんがあんなことになった原因だなんて、思いたくないもの」

「違う、違う……」

 ――あなたを、ゆるさないッ

 亮介の身体は震えていた。顔を俯かせ、ただ頭を抱えた。もう、誤魔化せない。そして、亮介はその事実を平然と受け止めるほど強くなかった。

 若井チサの原因を作ったのは、自分だ。自分の罰ゲームが、若井チサをあのような行為を引き起こさせた。遺書がそう告げている。彼女は最後に言い残したのだ。――お前だけは許さないと。

 自分の犯した罪と向き合える自信もなかった。

「ねえ、りょうくん。聞いて」

 亮介は顔を上げた。草鹿華子が亮介を見ていた。

「わたしはね、あなたのしたことに怒っているわけじゃないの」

「……は?」

「りょうくんは、反省しているでしょう? 自分のしてしまったことに、後悔しているでしょう?」

 当然だ。悔やんでも悔やみきれない。罰ゲームなんかしない。虫唾が走る。

「若井さんは、許さないってりょうくんを憎んでた。だって、罰ゲームはそれぐらい、ひどいことだったから。だからね、りょうくん。あなたに尋ねたいの」

 草鹿華子は澄んだ目で、亮介に問う。


?」


 思考が白く染まる。

 やがて、草鹿華子の言う意味に気づく。亮介の顔色は青を通り越して白く染まっていた。反応らしいものさえできなくなっていた。亮介の声は絶え絶えになる。草鹿華子は亮介の手を強く握った。それだけではない。覆いかぶさるように、亮介をベッドに押し倒してきた。

「りょうくんは、わたしを裏切らないよね?」

 ――あなたをゆるさない。

 亮介の精神は既に限界を迎えていた。草鹿華子の言葉に頷くしかない。それだけが、彼にできる償いだった。罰ゲームを認めないことが、彼女を好きになることを認めることが、亮介のできることだった。

 草鹿華子は微笑む。天使のようにも、悪魔のように見える笑み。

「じゃあ、証明して?」

 もう戻れない。亮介は諦めた。この罪を背負い続ける。草鹿華子を愛すると決めた。そうしなければ、自分はさらに罪を重ねることになる。そんなことなど、できるはずがなかった。草鹿華子の肌を合わせる。唇を重ねる。亮介と華子は、そうして一つになった。


              第一部 完

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