いびつな心
罰ゲームは背徳的な楽しみがある。
罰というものがある前提で成り立つゲームは、意欲を掻き立てる。それが道徳的には不義とは感じられるものであっても、それこそが罰ゲームの良さを引き立てる。
きっと、誰しもに存在する感情なのではないだろうか。人を傷つけたいとは思っていない。これはある種のネタであって、それそのものが目的化されていない。――全部、自分たちが楽しむものなんだ、と。
それによって被る人の気持ちなど、考えたこともなかった。
*
館崎亮介は人並みの常識を持ち合わせ、周囲の環境に順応できる、いわば、総合値が高い人間だった。が、代わりに、彼のうちにはどうしようもない
亮介は極論、人というものを信用していない。
本人の気質も考えられるが、外的要因もあった。亮介の父親が、まさにそれだった。
彼の父親は外に愛人を作った挙げ句、妊娠させた。家庭と愛人という選択肢が与えられたとき、彼は愛人を選んだ。長年連れ添ってきた母と息子を平気で捨てて、父は去っていった。このとき、亮介は父への失望よりも、人との繋がりの脆弱さを思い知った。夫婦であろうが、愛を誓おうが、それらはすべて、まやかしに過ぎない。
恋がいつか失われるものであるように、愛というものを不滅にはなり得ない。あらゆるものが朽ちていく。永遠はあり得ない。亮介は人の繋がりを、愛や恋を信じない。むしろ、それらを積極的に利用すらしていた。
罰ゲームも、その一貫に過ぎない。
*
「――あたしの親、ヤバいんだよね」
「なにが?」
若井チサとの会話の中で記憶に残るものがあった。あまり自分のことを話さない彼女が珍しく家のことを口にした。亮介は目を丸くし、彼女の話に耳を傾けた。
「弟がいるんだけどさ。マジでキツそう。教育ママっていうの? 勉強で人を殺せるんじゃないかってぐらい。ガチガチに支配しようとするわけ?」
「――教育虐待ってやつ?」
「へえ、今はそんな名前がついているんだ」
若井チサはそう頷き、可笑しそうに笑った。
「ぶっちゃけさ、最近はありとあらゆることに名前をつけたがるよな? まるで大人が決めたルールみたいだよ。たぶん、教育虐待って言葉も、教育虐待をされたことがないやつが勝手に命名しただけなんじゃないの?」
「あり得るな」
亮介の母は父がいなくなったあと、露骨に家に寄らなくなった。これまでの鬱憤を晴らすかのように、男遊びに明け暮れている。時折男に振られては家に帰り、またふらりと消えてしまう。金だけは定期的に振り込んでもらえるため、苦労はしてない。むしろ、母と顔を合わす必要がないため清々している。
「弟さ。ぶつぶつぶつ、暗記したやつを唱えてやがるの。怖えよ? あたし、ああいうのが嫌いだから母親から逃げたんだよね」
「親のせいでグレたってわけか?」
そうとも言えるかも、と若井チサは笑った。しかし、彼女はすぐに首を振った。それだけじゃないかも、とも口元が動いた。
「いつだったか、リョウの父親が子供作って逃げた話があったじゃん? けどさ、リョウは別に、父親のことがあっても学校は通ってるでしょ? 意外と成績も良いし」
「意外とはなんだ、意外とは」
「ごめんごめんって」
軽口に加えた笑顔は嫌味がなかった。亮介も怒りは一切湧いてこなかった。同じく笑みを洩らしている。
「ようはさ、親が原因って、あたしは思いたいだけなんじゃないの? って話。勉強もできねえし、得意なことがあるわけでもねえし、顔も可愛くない」
「化粧映えはするよな」
「うるせぇっ!」
若井チサは肘で脇腹を小突いてきた。
「あたしはもうこんなんだけどさ。親がヤベえことと、あたしがヤバいことで、一致しているのかな? リョウは、どう思う?」
「俺は……」
なんてことのない疑問だったに違いない。しかし、亮介にとって、それは突きつけられた事実も同然だった。原因以前とする、原初のもの。いびつさが、亮介自身に最初からあったのではないか。
若井チサの言葉に、どんな返し方をしたのか、亮介は覚えていない。
*
――りょうくんが、若井さんと付き合っていたのは罰ゲームであって、本気じゃないって
亮介の表情はさっと変化した。表情筋を堪え、どうにか堪らえようとする。が、刹那の変化を草鹿華子は察してみせた。
「そう、なんだ。ほんとう、なんだ?」
「……ち」
違う、と最後まで言い切れなかった。その代わりに首を振っていた。それが限界だった。草鹿華子の視線は強く、鋭さを持っていた。
「罰ゲームなんて、ひどい……」
「ひどい、って……」
亮介の口は空回る。ほんとうであれば、余計な言葉は発しない方が良い。理解している。わかりきっている。それなのに、亮介は口を動かしていた。必死の言い訳を始めていた。
「ひどいって、ゲームだろ?」
「される方を考えてない。とても、失礼だよ」
逃げろ。
「告白して、それを受け入れるのは向こうだ。向こうは罰ゲームであることを知らない。あくまでも告白が目的であって、それ以降に意図は含まれない」
「告白っていうものが、もう人の感情に関わっていることになるんだよ? その子は、ほんとうはりょうくんが好きかもしれない。その好意を、無下にすることになるんだよ」
逃げろ。逃げろ。
「それとこれとは別だろ」
「りょうくんは、その子の気持ちを、罰にしてしまうの?」
逃げろ。逃げろ。逃げろッ。
捕まるな。
「罰ゲームに、そいつが俺のことを好きだとか、そういう気持ちは関係ない」
「それは――」
掴まれた。離されない。亮介は息を呑んだ。本能が悟る。
「とても傲慢だね、りょうくんは」
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