急展開

 事件発生時刻、十六時十二分。

 この記録は非公式のものであり、後に記される時刻には正確な時間は記されていない。この時間帯は、いわばの感覚である。


  *


 亮介は放課後、一通のメールを受け取った。

 それが驚いたことに、若井チサからだった。亮介は訝しげな目でそれを読む。その日は亮介は誰よりも早く学校を出ていた。正確には、草鹿華子から逃げていた。その間でのメールだ。思わず足を止めてしまう。

 亮介はメールを見た。そこには淡々とした一言が綴られている。――会いたい。学校に来て。

 理由はわからない。ただ、何かしらの理由があると考えられた。亮介はいち早く学校へ戻るため走り出す。

 自分の足が空回りしている。やけに心臓の音がうるさい。亮介はメールの意図を考えた。なぜ、今さら亮介を呼び出そうとするのか。若井チサは、なんの目的があって――

 学校に着いた後、亮介はどこに行けばいいのかわからないことに気づいた。学校としか記されていない。どこを目指せばいいのか。

「……教室、か?」

 亮介の足は教室へと向かった。

 その際、草鹿華子がまだいるかもしれない、という予感も覚えたが、そんなことはなかった。微かにホッとする。教室までの道を足早に進む。幸い、誰かと通りかかっても声をかけられるようなことはなかった。

 教室の扉を開ける。――しかし、誰の姿も見えない。

「……チサ?」

 一応のつもりで名を呼んだ。が、若井チサは姿を見せなかった。教室ではないのだろうか。ならば、他の場所なのだろうか。

 亮介の視線は自然と自分の席に向かっていた。不自然に目が留まる。自分の机の中に何かが入っているように見えた。亮介は基本的に置き勉ということをしない。

 机の中を確認しに行く。何か、紙が入っていた。折り畳まれているそれを広げる。亮介は息を呑んだ。一行目に若井チサ、と名が書かれている。その後に、二行目に続く。その内容は、たった一言。


 ――あなたをゆるさない


 その字には見覚えがあった。亮介は困惑する。これはどう見ても若井チサの字だった。「なんだ、これ……」

 微かに身体が震えていた。恐怖のためだったのか。教室から出ようとする。

 不意に、が聞こえたのはその時だ。声は複数が絡み合っている。。教室の外から聞こえた。好奇心にも似た衝動に駆けられる。例の紙を手にしながら、窓の方へ近寄っていった。

 ちょうど校庭に、部活中である誰かたちが足を止めて見上げていた。一瞬、視線が自分の方に集まっているのではないかと錯覚した。それほどまでに、視線が集まっている。どこへ? ――視点が、。必死な叫びのように思えた。亮介は顔を上げて。

 上空から落ちる誰か。髪が風に靡く。亮介は、彼女と目が合った。どこか驚いた表情。生きている顔。ゆっくりとスローモーションのように感じられた。彼女の顔が――若井チサの表情が徐々に歪んでいく。

 やがて。

 どんっ、と音が響く。


  *


 亮介は下を見ることができなかった。

 阿鼻叫喚の悲鳴。一歩、後ずさる。手に握っていたもの。息が切れ切れになっていた。まさか。頭の中では否定を始めている。まさか。そんな事はありえないと本能が訴えている。

 この紙は――、遺書か?

 亮介はその場から逃げ出そうとした。

「――りょうくん?」

 彼女の声。どうして彼女がその場所にいるのか。困惑ゆえに、亮介は深く考えることができなかった。反射的に振り向く。手にしていた手紙をズボンのポケットに詰め込んでいる。

 草鹿華子が不思議そうな瞳で亮介を見ていた。一歩と、彼女は歩く。

「帰ったかと思ったんだけど?」

「……お前こそ、なんで」

 ここに――。言い切れない。それよりも早く、草鹿華子は覆う。

「ねえ、さっきからすごい騒ぎだけど、……なに?」

「それは……」

 言葉にすることはできなかった。亮介の放つはずの言葉は霧散する。諦めたかのように肩を落とした。外からサイレンの音が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る