不正解
亮介たちが入った店は、別のチェーンの服屋だった。比較的、安価に購入することができるのがウリだった。
草鹿華子は店員に話しかけられると挙動不審になる。仕方なく、亮介が草鹿華子のコーディネートをすることにした。
……とはいったものの、草鹿華子に合う服装というものがどういうものなのか。亮介には想像がつかない。おそらく、無難と位置する服装を見繕うだけが精一杯だ。
草鹿華子に選んだ服を押し付けると、半ば強引に試着室に入れさせた。亮介は壁によりかかりながら時間を待っている。あのカーテンの先に草鹿華子が着替えている。――ソソらない。まったく、これっぽちも。亮介は小さく息を吐いた。
草鹿華子の着替えには時間がかかった。亮介は視線を動かした。すぐ近くの壁に、顔立ちの整ったモデルのポスターがあった。容姿も亮介の好みだった。――どうせ付き合うなら。そんな思いが頭をよぎる。
「――あの、館崎君?」
草鹿華子の声に亮介は顔を上げた。おっ、と声を洩らす。意外性は生まれなかった。ベージュ色をベースにしただけの、小綺麗なコーデ。地味さを落ち着きのあるイメージと言い換えることができるほどには、最低限のレベルに持ち上げることができた。
だが。
「その前髪、なんとかなんねえか……?」
「へっ?」
草鹿華子は自分の前髪を押さえた。
服装と容姿がマッチしていないのだ。馬子にも衣装だが、衣装の方が主体になっている。厚い眼鏡も、長い前髪も、そばかすも、何もかもが台無しにしていた。もちろん、それを口にするほど亮介も愚かではない。華子なのに、華がない。
「目に入ってるじゃん」
草鹿華子の前髪に触れた。
「ひゃっ……!?」
草鹿華子が顔を真っ赤にしているのをよそに、亮介は草鹿華子の前髪を上げさせた。
そこで、黒と茶色の瞳と、交錯する。亮介は動揺した。綺麗な瞳があったからだ。あまりにも不似合いな、オッドアイ。それがいつだったのか、フラッシュバッグを引き起こす。
――あの、覚えて、ますか?
刹那の出来事だ。次の瞬間には、亮介は何のことを思い出したのかも忘れていた。ただわずかに後退りをしてきた。ようやく顔を真っ赤にしていた草鹿華子が目に入る。
「……似合ってるじゃん」
「あ、ありがとう、ございます」
ボソボソとした口調で、何を言っているのか、聞き取れなかった。亮介は首を振る。一瞬の記憶。それが何を意味していたのか。亮介自身にも不明だった。――理解したいとも、思わなかった。
*
昼食はショッピングモール内にあるフードコートで食べることにした。早速購入した服を草鹿華子は着込んでいる。どこか歩きづらそうに、周りの目を気にするような素振りをしていた。
流石に手を握ることは慣れたのか、草鹿華子はふるふると震えながらも、手を握り返していた。――少しだけ、驚く。その手が小さかったことを。柔らかったことを。草鹿華子という記号でしか見ていなかった自分が、はっきりと人間として見ようとしていることを。
フードコートでは適当に選んだ。草鹿華子はうどんを、亮介はハンバーガーを頼んだ。向き合う形のテーブルを見つけると、二人で腰を下ろす。草鹿華子はどこか安心したように息をついていた。……この女にとってはこの一日は濃密な時間だったに違いない。亮介は冷めた目で草鹿華子を見ていた。
食事を口に運びつつ、亮介は草鹿華子に尋ねていた。
「――館崎君は、よく、こういう場所に、来るんですか?」
「ん、まあ。たまにな。西尾たちとか」
「そうなんですか」
会話が終わったじゃねえかよ――、と亮介は内心突っ込む。
「草鹿は?」
「わたしは……、あまり」
――だろうな。
「どうよ、来てみた感想は?」
「えっと……」
にへら、と崩れるような笑みだった。まるで、子どものような、稚さが隠せない、無垢の笑みだった。
「楽しかったです。館崎君も、いたので」
「…………あ、」
言葉を洩らし、亮介は視線を逸らした。不意に訪れる感情に表情を歪ませそうになった。この感情は恋愛的な要素は一切含まれていない。しいて言うなら、これは――。
「草鹿さ、その敬語、やめようぜ」
感情は強く、深く、押し殺していた。
草鹿華子は目を丸くする。それから、あっと、声を洩らす。
「あ、と……。わ、わかりまし……わかっ、た」
「だろ? 遠慮してるみたいで、変だろ?」
「それじゃあ、あと一つだけ、質問、いいで、……いい?」
「ああ」
「館崎君、さっき、あのモデルのポスター、見てたじゃ、ないですか?」
見られていたのか。亮介は浮気現場を目撃されたかのような後ろめたさを覚えた。
「ああいう娘が、好み……?」
「好みって……」
亮介は苦笑した。この場合、なんて答えるのが正解なのだろう。普通であれば、いやいや、別に好みじゃねえよ、と答えればいいのだろう。しかし、相手は草鹿華子である。同じような回答を求めているとは、どうしても思えなかった。また、それが正解であるとも限らない。
「まあ、好みではあるな」
亮介は答えた。これが正解であったかどうかは、わからない。
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