デートという名の何か

 デート内容はショッピングだ。

 動物園、水族館という選択肢もあった。しかし、亮介はあえてショッピングを選んだ。草鹿華子と何かを眺める、ということをしても、会話が通じないのではないか、と考えたからだ。遊園地は論外だ。長蛇の列に並んでいる間の沈黙に耐えられないだろう。

 普段、まともに会話することすら無い草鹿華子とデートを成立させるためには、何かしらの目的があった方がいい。必然的に目的に沿った会話をすることができる。

 亮介と草鹿華子は並んでショッピングモールに足を踏み入れた。今日の目的は事前に話してある。――曰く、好きなものを一つ買おう、だ。

 買い物欲を達成できると同時に、相手の好きなものを知ることができる二重の意味がある。西尾に話すと、うげぇと気味の悪い目を向けられた。――そういうイヤらしい考え方、どこで身につけられるワケ? とのこと。

「草鹿は何を買うつもりなんだ?」

 草鹿華子は目を泳がせ、恥ずかしそうに視線を落とした。口元が小さく動く。

「――服を、買おうと」

「服?」

「そ、その。可愛くて、お洒落な服を、買いたいなって。あはは……」

 何故、こうも自信無さげなのだろうか。その自信無さが、外に現れてしまっているというのに。微かな違和感と、

「館崎君は……、何を買おうと?」

「俺も服だな。夏物のやつが欲しかったし」

「お、同じですね」

 にっ、と笑う草鹿華子に亮介は引き攣った笑みを返した。


  *


 亮介はお洒落に対するこだわりは、実はそれほどない。亮介にとってお洒落とはあくまでも、最低限の身だしなみという認識だ。

 そのような意味では、草鹿華子は最低限に達していないと言える。亮介たちが入ったお店はチェーンの服屋だ。

 亮介は手早く夏物を数点見繕った。ここにある程度のファッションセンスは要らない。流れと、自分に合ったものを選べば良い。――問題は、草鹿華子だった。

 草鹿華子は店員に話しかけられておどおどとしていた。先程から洋服を何度か選び、首をひねり、右往左往している。

 店員も顔を引き攣らせている。亮介は小さく息を吐くと、草鹿華子に近づいていった。

「決まったか?」

 草鹿華子と店員が同時に顔を上げた。

 草鹿華子はホッとしたような顔つきを一度見せて、その後、恥ずかしそうに頬を赤くさせた。――ドキリとはしない。

「えっと……、」

 店員は目を丸くして、困ったような顔をした。

「――彼氏、さん……ですか?」

「……まあ」

 店員の頰が微かに歪んだ。亮介は身体の芯が熱くなるのを感じた。――この店員は、笑ったのだ。今この瞬間、草鹿華子の彼氏である、自分に対して。

「出るぞ」

「えっ、は、はい……」

 亮介は草鹿華子の手を取ると、その店を出てしまった。

「あ、えと、館崎君――」

「お前さ」

 亮介は立ち止まると、草鹿華子を見た。草鹿華子は頬を強張らせていた。その表情を見ると、言いたいと思っていた言葉が徐々に霧散していく。なぜ、そんな顔を浮かべるのか。――まるで、ような。

「……普段、どこで服を買ってるわけ?」

「そ、それは……、ネットとかで」

「マジかよ」

 どおりで慣れていないはずだ。

 亮介は呆れた視線を草鹿華子に向けていた。しかし、草鹿華子は何かに動揺している様子を見せた。訝しげな視線を向けていると、草鹿華子は一言。

「その、手……」

「手……? ああ」

 いつの間にか、手を握っていた。過剰な反応をし過ぎだ、とも思ったが、亮介は表情を作り直すと。

「別に、付き合ってんだから、普通だろ」

「付き合ってる……」

 亮介は草鹿華子の手を握る。遅れてやってきたのは想起だった。あの店員の笑い顔だった。沸き立つ感情を押し殺す。少なくとも、これはデートではない。デートという名の何かだ。

「ほら、服を買いに行くぞ。せめて、マシな恰好にしたほうがいい」

「ま、マシ……? 今日のは?」

「イモいよ」

「い、イモっ……」

 亮介はわずかに言いたいことを言えてすっきりした。草鹿華子の手を引いて次なる場所を目指そうとする。――その寸前。

「……?」

 亮介の視界に見覚えのある顔を見かけた気がした。首を傾げる。――まさか。わざわざこんなところまで来るような奴じゃない。気のせいだろう。草鹿華子は目を丸くして不思議そうな顔をしていた。亮介は首を振ると、先程とは違う方向へ向けて歩き出した。

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