予想通りすぎて

「そ、即答っ……! ぶ、はははっ!」

 西尾は亮介の報告にゲラゲラと笑っていた。抱腹絶倒の勢いである。亮介は青筋を立てながら身体を震わせていた。

「誰のせいでこうなったと思ってる……」

「がははっ! そりゃあ、お前が負けたせいだろ?」

 まさしく正論である。――否、ある意味では正論とは言えない。この場合の表現としては、自業自得が適当である。

 教室から抜け出し、亮介と西尾は屋上で昼飯を口に運んでいる。本来、この学校では屋上を使用することは禁じられている。が、屋上の扉の鍵は緩く、いつでも出入りが可能なのだ。これに関して言わせれば、学校のセキュリティ不足だ。

 西尾はカレーパンを口に運びながら、笑みを堪えている。今もウケているらしい。

「デートは、いつなん?」

「週末」

「いよいよ、恋人っぽくなってきたなぁ」

 西尾はいかにも楽しそうだ。こうして他人の不幸を肴にするのが亮介の周りにいる者たちだ。

「幸い、付き合ってることは周りにバレてないんだろ?」

「そりゃあな。……面倒だし」

 亮介がそうこぼすと、西尾は納得したように頷いた。記憶を探るように首をひねる。

「そういや、いつだったけな。お前、罰ゲームで付き合ったことがあったよな。えっと……、確かそんときは」

「あの、不良娘だよ」

「ああ、あいつね」

 ――別れたくないッ! 誤解なのッ!

 そう叫び散らしていた彼女の姿を亮介は思い出していた。顔が引き攣る。微かな罪悪感もあった。罰ゲームで付き合っている間に、相手が本気になってしまった、というケースが一度だけあった。あのときは苦労した。教室で認知されていたのが問題でもあった。――幸い、にあった。最終的には恋人関係を解消することができた。

「草鹿との関係は周りに黙ってるわけか」

「お前、言うなよな」

「もちろん。フェアじゃない」

「どんなフェアだよ」

 亮介は西尾をどついた。こうして接していても、結局のところ、悪友は憎めない奴だった。

 問題は週末だ。いかに周りにバレないように、かつ、恋人らしいデートが振る舞えるかどうか。幸先の悪さに亮介はため息を吐いた。


  *


 週末はやってきた。

 草鹿華子は亮介との約束を守っていた。周りには何も言わず、教室にいる間は変わらない距離感を置いている。ただし、見つめられることは増えた。ふとした瞬間、草鹿華子は亮介を見ている。その視線をはっきりと感じることができた。

 正直。亮介は未だに信じられない思いである。草鹿華子と付き合っている事実に、だ。個人的な感覚として、付き合っているという自覚が薄い。今でも、草鹿華子は変わらない。亮介と付き合ったところで、垢抜けたわけでもない。愛情表現を見せたこともない。掃除を押し付けられ、周りに流され、自己主張ができない。見ていて苛立つ女だ。

 そもそも、草鹿華子は何故、自分の告白をオーケーしたのだろうか。沸き立つ疑問に亮介は首をひねった。

 異性との経験が無さすぎて、亮介の告白2舞い上がり、オーケーをした。――ありえそうな考えだ。

 いくら考えたところで答えは見つからない。ただ空虚になるだけだ。亮介はため息を吐こうとして、飲み込んだ。

 現在、亮介は待ち合わせ場所で座り込んでいる。デート先は普段の通学区域から駅五つ分は離れている。誰にも見咎められないようにするためだ。先日、デートに張り切りを見せていた草鹿華子を見て、どんよりとする。いったい、どんな予想が――

「ご、ごめんなさい。お、遅れましたっ」

 ――案外、期待的なものをしていた。

 このイモ女が、ふとした瞬間、垢抜けて、美少女のようになる瞬間を。

 亮介は声の方に振り向き、静かに息を呑んだ。そして、吐き出した。

「……よお」

「は、はいっ」

 いかにもな、ダッサイ装いをしたイモ女が、そこにいた。――せめて、眼鏡を外せや、と叫びたくなる。

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