第一部 罪

罰ゲーム、執行

 放課後、草鹿華子は一人で掃除をしていた。おそらく、掃除を押し付けられたのだろう。その意思の弱さに辟易しつつも、今は非常にタイミングが良かった。

 亮介は憂鬱な表情を押し込めながら、草鹿華子に近づいた。草鹿華子が顔を上げる。見えた容姿に、亮介は頰が引き攣った。

 まさに、イモ女の一言に尽きる。黒縁の厚い眼鏡に、ざらついた肌。そばかす。何より、ほわほわとした雰囲気。負の要素が奇跡的に合わさったとしか思えなような存在。それが、草鹿華子である。

「――草鹿、少しいいか?」

「――ふぇっ?」

 明らかな動揺。草鹿華子は自分が声を掛けられると思っていなかったのか、露骨に反応した。箒を落とす始末だ。からんからん、と音が響く。虚しい反響が辺りを包んだ。

「館崎君、な、な、にかな?」

 震える草鹿華子を見ると、亮介は自分が小動物を虐めているような気分になってしまう。

 亮介は悪友の台詞を思い出していた。――いいか、一ヶ月は付き合えよ? あ、ちなみに玉座されたら……ぶぶっは、に振られるとか、ぶはははっ! 笑う彼らに苛立ちを覚える。

 さて、問題は、この先である。

 亮介に残された手段は一つしかない。ここで振られることだけだ。この時点で亮介は振られることを願っていた。草鹿華子と付き合うよりはだと。

 草鹿華子は恐る恐るといった様子で、亮介を見ていた。亮介は落ちていた箒を拾った。

「お前、一人で掃除してるわけ?」

「う、……うん」

「他の奴らは?」

「用事があるからって。わたしは、暇だから……」

 こいつ、押し付けられたことに気づいていたのだろうか。いっそ哀れみすら思い浮かんだ。

「用事って。嘘に決まってんだろ」

「で、でも。お祖母ちゃんが入院したって」

「そいつ、誰?」

 草鹿華子は口を噤んだ。まるで告げ口をするのを恐れているように見えた。それでも亮介が聞き直すと、彼女は口にする。

「……石野さん」

「石野って」

 石野奈緒のことだろうか。そういえば、以前もお祖母ちゃんが、と言って何かと自分の仕事を抜けていた気がする。――否、お祖父ちゃんであったか。石野にはいったい何人の祖父母がいるのだろうか。

「たまには言い返せよ、普通さ」

「で、でも……」

 草鹿華子は表情を歪ませた。今にも泣き出してしまいそうな顔だ。が、不細工な顔立ちでは何の感慨も浮かばない。

 ――亮介は首を振る。何故、自分は説教を噛ましているのだろう。この女を目の前にすると苛立ちが止まらなくなるからだ。自分は、草鹿華子の容姿以前に、その態度が気に入らなかった。

 もはや、これは罰ゲームの息を超えているのではないか。亮介の表情は引き攣りを増す。

「――草鹿」

「はい?」

「――実は、お前のことが好きだったんだ。付き合ってくれ」

 草鹿華子は目を見開いた。へっ、と声を洩らす。箒が落ちる音はなかった。草鹿華子は固まっていた。

 受けるな受ける受けるな……!

 内心で亮介は叫ぶ。

 頼むから受けないでくれ。そう叫び散らしている。そして、彼女の口がゆっくりと。

「わ、わたしで、よければ……」

 クソが――――――――――!!

 こうして、罰ゲームが執行した。

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