第46話 安全地帯
「……本当か……? 嬉しい、俺もだマリーシャ」
驚いた顔で赤くなるセオドアに、私は恥ずかしくなって目をそらした。
好きだと伝えるのは照れ臭く……同じように返される気持ちに、信じられないぐらいにしあわせだと思う。
「それに、ガランドはいい場所だわ。……昔は、昔だって多分悪くはなかったけど。でも聖女の力は、皆に必要だけれど、それだけじゃなかったから」
「マリーシャ、お前がそんな風に扱われてきたのは不当だ」
セオドアが庇ってくれるから、次々と弱音が出てくる。
「でも、私がもっとうまくやれたらって、思ってたわ」
「お前に起こったことは、お前とは関係がないんだ。お前が悪かったことなどひとつもない」
「わかってる、と、思う。でも、こんな力なんかなければって思ったことは、やっぱり何度かあった」
そう、親はいなかったけれど孤児院は楽しかった。
みんなと居たかった。
貴族と一緒にいて、彼らにずっと道具のように扱われていた。
一緒に戦っているうちに、貴族の騎士の中にも、仲間だと思える人達ができた。
けど、結局私は殺された。
「確かにそう思うこともあったと思う。……それでも、お前は俺に回復を使ってくれた。力を隠さずに、助けてくれた」
「ずっと呪いは解かなかったわ。……私、セオドア様を信じるのがこわかったの。信じて、傷つきたくなかった。私の気持ちだけの問題だった」
「そうだ。マリーシャ、君はただの少女だ。一人で抱える必要なんてない。……もちろん、そんな目にあった君が俺のことを信じるなんて、難しい事はわかってる。過去を聞いた今となっては、信じてくれたことが奇跡のようだ」
「ありがとう。……もう、力は使うことにしたわ。あなたの為にね。あなたの為なら、怖がられたって大丈夫だし、もし利用されたってかまわないわ」
「馬鹿な話だ。利用なんてするわけがない。でも君が俺を利用することは出来るし、俺はそれを歓迎しているけれど」
セオドアは嬉しそうに私の髪をなで微笑んだ。その笑顔に、私は考えていたことを口にした。
「利用はしないけれど、お願いならあるわ。私の事を、戦場に連れて行って」
「……それは、どうだろう。俺は君をそんな危険な目に合わせたくない。戦争なら俺が慣れている。任せて欲しい」
「暗殺者から話を聞いたのは私もよ。……ハインリヒ殿下が内通している証拠を絶対につかまないといけないわ。それに、今のままでは、もうどうにもならない。あの道から入られたら終わり、早く動いて全面的に戦う事しかないって私にだってわかる」
「……危ないんじゃないかと、心配だ。それに君は優しいから、戦場は嫌だろう」
「いいのよ、セオドア。私が戦争を終わらせる。慣れっこなのよ。……ただ、あなたが、私のことを嫌いにならなかだけが心配だわ」
「嫌いになるだなんて、そんなはずない。俺だって呪われていなかったら君ぐらい強いんだ。それを、君にも教えてあげたいと思ってた」
「ふふふ。戦場で教えてもらえるわね」
「そうだ。……戦争が楽しみだなんて、初めてだな」
「私もよ。怖いばかりだったのに不思議だわ」
お互いに見つめあって、指を絡める。ごつごつとした手が、温かな気持ちを伝えてくる。
こつんとおでこをくっつける。
「……俺もだ。帰ったら何を食べようか」
「たまには私が何か食事を作ろうかしら」
「戦場では死なないが、そこで死ぬかもしれないな」
「そんなはずないでしょう! まったくセオドアってば。私はこれでも天才って呼ばれてたのよ」
セオドアがからかうので、私はまじめな顔で反論した。
しかし、セオドアは失笑し私の髪の毛をなだめるように優しくなでた。
「魔術に関しては、な。……知らないかもしれないが、実生活の君はおっちょこちょいの粗忽ものだ」
「粗忽もの」
「とても、守ってあげたくなるよ」
「……うそよ」
「嘘じゃないんだな。ドレスだってたまにめくれてるし、ぼんやりしているときは飲み物を飲む前にカップを傾けてこぼしてしまうし」
私の失敗をひとつづつあげ、彼はくつくつと笑った。
嘘みたいだ。
私が普通の女の子に見えているような彼に、呆然とする。
稀代の魔術師、不可視の黒聖女なんて呼ばれていたわたしの事が。
力が抜けて、セオドアに胸に額を付けて寄り掛かる。
何もかも話すのに、こんなに緊張しなくていいだなんて。
「私が得意なのは、聖魔術よ。黒聖女と呼ばれたこともあったわ」
「誰にそんな呼ばれ方を」
一瞬にして優しかった瞳が厳しいものに変わる。
まったく、とため息をついてセオドアの肩を撫でた。
「……ええと、そこは気にしないで。ともかく、私が得意なのは聖魔術なの。強すぎる聖魔術は回復を超えて人を死に至らしめることだってできるし、呪いにもなる。状態異常も私の得意分野だわ。もちろん治す方だけじゃなくてかける方もね」
「回復を超える聖魔術だって……? 回復だって、奇跡の力と呼ばれているのに」
「……だから私は強いのよ。さっきからそう言っているでしょう。私を捉えられる人なんていない。まったく、全然わかってないんだから」
魔力が枯渇してたりしなければね、と心の中でつぶやいた。
「そうか。でも……心配なんだ」
「あなた、話を聞いていたのかしら」
「一語一句漏らさぬように聞いていたが」
「……馬鹿なのかしら?」
「今までの人生でそういう評価は聞いたことがないな」
「それはそうでしょうよ。冗談よ。……そうだったかしら」
私の疑問に、セオドアはただ笑って答えなかった。
「ふふ、それこそそんな気はないわ。……それにもう一つ黙っていたことがあるわ」
思い出したくない記憶。でも、これを言わないのはフェアじゃない気がした。
これで嫌われるなら、仕方がない。
そう思っていても、緊張してしまい身体が強張った。
「言いたくないなら黙ってていいんだ。秘密のある女性も素敵だ」
「馬鹿な事ばっかり。……いいの、知っていて欲しい」
セオドアは私の震える手を握った。
「……初めて戦争に行った時ね、皆が凄く大変そうだったから、私、力になりたくて魔術をかけたの。傷が回復するように、たくさん動けるように、力がもっと使えるように」
私が並べた言葉で、セオドアは私が言いたいことを理解したようだ。
眉を下げて、心配そうに私の顔を見た。
「そうなの。考えなしだった私がかけた魔術で、勝利はしたけれど仲間がたくさん死んでしまった。皆、魔術での大幅な強化には耐えられなかった」
敵を倒し、安全な場所にいるはずの味方が次々と倒れていくのを見た。
さっきまで勝利を喜んでいた彼らが、血を吐き、地面に倒れ、息絶えた。
壊れてしまった身体は、魔術で回復させることは出来なかった。
黒聖女と畏れられていた私は、無力だった。
あの光景が目に浮かぶ。
力があると思っていた自分が馬鹿みたいで、ただ倒れていく彼らを見ている事しかできなくて。
自分が、勝利の為に彼らを殺した。
時間が戻ってしまったような私を、セオドアは肩をゆすり現実に戻した。
彼の真剣な瞳が、すぐそばにあった。
「そんな風にはならない。俺がお前の安全地帯になってやる。俺のそばにいるときは絶対に俺が守る。だから安心して、好きに生きてほしい」
「好きに生きるって?」
「聖女と呼ばれるような力を使うときは、好きに使えばいい。何か問題があったとしても、俺が引き受ける」
「もし、使いすぎてしまったら? 大事な誰を傷つけてしまったら……わたし」
「その時は俺が止める。……ここまでという境界線を越えてしまった場合は、必ず。俺は経験豊富だから、限界がちゃんとわかる。だから、お前は俺を信じて、好きにしていいんだ。何かあったときは、俺が必ず止めるから」
「セオドア……」
「俺のことを信じてほしい。必ず、俺がお前の事を止める」
セオドアの目は真剣で、まっすぐに私の事を見つめている。
……責任を持つと、そう言っている。
優しくて強い、私の安全地帯。
「ありがとう。私、あなたを信じてる。あなたが信じてくれている、私の事も信じるわ」
「一緒に居る時は何をしても安全だ。それを忘れないでくれ。……君が何よりも、大事だ」
セオドアに抱きしめられ、私は心から安心することができた。
彼を信じてる。信じることができた私の事も、大丈夫だと信じられる。
私の居場所はここだ。ガランドの、セオドアのそばだ。そう思いながら、私はセオドアの体温につつまれ、しあわせな気分に浸った
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