第44話 長い夜

 長い夜が終わり、昼間私とセオドアは部屋で昼食をとっていた。


 目が覚めたものの念のためベッドに寝かしているセオドアの隣に座り、私はにっこりと笑った。


 セオドアの顔色は良く寝れたおかげか、だいぶ良くなっている。


「ふふふ。今頃暗殺者が戻ってこない事に、やきもきしているはずだわ」


「……なんだか、笑顔がこわいぞマリーシャ」


「それはそうよ。暗殺だなんて、私の旦那様に何してくれるのよ! ……ねえ、何笑ってるの」


「それはもちろん、旦那様って言葉にときめいているんだ」


「え! あっ。……もう、そうよ旦那様よ」


 指摘されて恥ずかしくなってしまったが、しぶしぶ認める。


 ……私の旦那様なのは、間違いないんだから。


「なんだか、マリーシャと知り合ってから嬉しい事がたくさんあるな。呼ばれ方ひとつで、こんなに喜べるものだとは知らなかった」


「もう、セオドア様はそんな事ばっかり言って……」


「俺も、家族とは殺し合いと利害ばかりでろくでもなかったから。家族愛とかいうものは信じてなかったんだ。不思議だな」


 感慨深そうに微笑んだセオドアの言葉にハッとする。


「もしかして……呪いをかけてきた相手を、知っていたの?」


「知っている。暗殺者を送った奴も。……俺は今まで、何度も呪われ、暗殺を仕掛けられていた」


「……相手の名前を聞いてもいい?」


「マリーシャは聞くのもつらいかもしれないが……ハインリヒ殿下だ」


 思いもよらない名前に、私は立ち上がった。


「ハインリヒ殿下が!? どうして? ……ガランドで戦っているセオドア様の事は、王族だってとても大事にしていらっしゃるはずなのに」


 だからガランドの地を賜り公爵となったのだ。

 セオドアの両親は伯爵家だったと聞いているので、大躍進だ。


「……俺は、養子だ」


「それはどういうことなんですか?」


「本当はハインリヒ殿下の弟だ。養子に出された」


「そんなこと聞いたことなかったわ。養子だなんて」


「幼いころから隠されてきたから、仕方がなかったんだ。……ずっと、ハインリヒ殿下に狙われていたから」


 セオドアの話は、よくある王族同士の権力争いと言ってしまえばそれまでだった。


 歴史上でも、繰り返されていた兄弟同士の跡継ぎ問題。


 しかし、セオドアから聞いたら、どうしても許せない気持ちになった。


「彼らはもっと、セオドア様の力になるべきだったわ。遠ざけただけだなんて……。結局狙われているなら、意味なんてないじゃない……」


「そうだな」


 セオドア様は、諦めたように笑った。

 何も期待していないというセオドアに、余計に怒りを感じる。


「しかも、セオドア様は戦場にも行っていた。命をかけていたのよ! ……守りもしないのに公爵位を与えて……どういうつもりなの……」


「そんな風に言ってくれてうれしいよ。だから、そんな怖い顔をしないでくれ」


 そういった後に、ぎゅっと目をつむったセオドアに手を引かれた。

 ぽすんと優しく倒れ込んだ私とセオドアで、並んでベッドに転がる。


 背中をぽんぽんと叩かれ、子供の様にあやされる。

 ……実際されたことはなかったけれど、大人でも落ち着くらしい。


 私はため息をついて、セオドアの頬に触れた。


「私怖い顔なんてしてませんわ」


「……俺のため、だよな。怖い顔なんて言って悪かった」


 セオドアはそう言って私の胸に顔をうずめた。セオドアの顔は見えないが耳が赤くなっている。


 まさか、照れているのだろうか。


 信じられない気持ちでセオドアの顔を覗き込めば、赤い顔をした彼と目が合ってしまった。


 ちょっと気まずい。


「見たな」


 恨めしそうに言われて、思わず吹き出してしまう。こんな姿が可愛く見えるなんて。


「ごめんなさい。つい気になって」


「こういう時はそっとしておいてくれ……」


 恥ずかしそうにしているセオドアの髪の毛をそっと撫でる。


 こんなに素敵な人は他に居ない。

 失わなくてよかった。


「ふふふ。つらい話を聞いている最中なのに、なんだかとてもあなたのことを愛おしく感じる。不思議だわ」


「……それは、俺もだ。家族のことを思うときは、いつも思い出すのは、届かない家族の輪を遠くから見ているような気持ちだった。自分とは関係がなく、手に入らないものだと……だけど、マリーシャとは、家族になりたいと思った。その為に、何をしてもいいのだと」


「まったくもう、もうなっているわ。結婚式はこれからだけどね」


「そうだな……俺の、家族だ」


 ぎゅうっと私のことを抱きしめ、セオドアはそっと私の頬に自分の頬を付けた。

 くっついた所から温かさと気持ちが伝わってくる。


 私は安心した気持ちになって、ほっと息を吐いた。


 セオドアもハインリヒが自分の事を殺そうとしてきて、結局根本的には誰も助けてはくれなかった。


 だから、初めて会った時もあの時もセオドアはどうにもできずあんなところで一人でいたのだ。


 私たちは、同じ状況だった。


 私は、彼の味方でいたい。

 ……そして、彼が私の味方であってほしい。


 その為にも、私のことを知ってもらいたいと自然に思った。


「……私の話、聞いてくれる?」


「もちろんだ。マリーシャの話なら何でも、何時間でも」


「そんな事ばっかり。でも、そうね……時間がかかるかもしれないわ」


「さっきも言っただろう、大丈夫だ。あたたかいお茶でも用意させよう」

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