第43話 私の旦那様

 ラジュールは私の言葉に、震える声で答えた。


「セオドア様の怪我も呪いも深刻です。マリーシャ様が認めたくないのは、わかります。 ……この状態では、いくらマリーシャ様が魔力を使って呪いを抑えてくれても体力が持ちません……ポーションだって……」


 私は彼の手を見つめた。ラジュールの手は震え、硬く握られている。

 食い込んだ爪が皮膚に食い込み、血がにじんでいる。


「セオドア様は大丈夫。二人とも……皆も、見ていてくれるかしら」


 もう一度彼らに伝え、私は息を吐いた。

 大丈夫だと、呼吸に集中する。


 そっと目を瞑り、祈るようにセオドアに魔力を流し始めた。

 今度は魔力が霧散することなく、私の意思通りに動いた。


 彼の呪いは深刻だ。


 力業で流した時とは違う、根本的に解決するためには彼に絡まったような呪いの紐を解いていかなければいけない。


 呪術師は死んだのだろう。

 呪いは死ぬと染み込んだように、更に解けにくく呪われたものの魔力に絡みつく。


 そして、彼が魔術を使ったために、その呪いは魔力と硬く結合し、セオドアの命を脅かしている。


 私は少しずつ、呪いの紐を自分の魔力を使い解いていく。そして解けた紐を、解呪の魔術で消していく。


 少しずつ、少しずつ。


 ここまで進行して硬くなった呪いの紐を解く作業は、黒聖女と呼ばれた私にしかできないだろう。


 黒聖女で良かったと、彼を救える私で良かったと初めて思った。


 解呪の魔術を使っている為、セオドアの周りには光が舞っている。私が魔術を使っているのは、明らかだ。

 だけど、誰も声を出さずにじっと私の手を見ている。


 大丈夫、皆の大事な人は問題なく治る、失敗なんてない。

 セオドア様、遅くなってごめんなさい。

 私が馬鹿なせいで、あなたを失うところだった。


 祈るように、彼が楽になるように、呪いは少しずつ消えていく。


 そうして、最後には全ての呪いがセオドアの身体から消えた。


 終わってみればあっという間だ。数分とかからず、呪いは解けた。私は身体から力が抜けるのを感じた。


 こんな簡単な事だったのに。


 呪いが解けたので怪我の部分には回復魔法をかけて、念のため更に眠りの魔術もかけた。私の魔術は体力を奪わないが、回復はしない。

 呪いは彼の体力をかなり消耗させたはずだ。


 もう、無理してほしくなかった。


 私はそっとセオドアの額にキスをし、抱きとめていた身体をそっと床に降ろす。


「また後でね、旦那様」


 私は立ち上がり、今にも泣いてしまいそうなラジュールの目をまっすぐに見て、大丈夫だと、と告げる。


「ラジュール、よく見て。セオドア様は大丈夫。彼の呪いは私が解いたわ。怪我だってなおした。安心して。……今は、ただ眠っているだけ」


「……呪いが? セオドア様の呪いが解けた?」


「そう。私、本当は魔術が得意なの。あまりにも上手にできるものだから、誰かに利用されるという恐怖心が勝ってしまっていたの。呪いについても、私なら問題なく解けるの。もう、安心してもらっていいわ」


「そんな、ことが……ほんとうに」


「そうよ。これで信じられるかしら」


 私はラジュールの手を握り、回復魔術をかけた。一瞬にして血は止まり皮膚が再生される。

 ラジュールは信じられないというように私を見てから、両手で顔を覆った。


 一瞬ののち、赤味がある目で私をまっすぐと見つめ頭を下げた。


「マリーシャ様……ああ、本当なんですね……。セオドア様を助けていただき、ありがとうございます!」


「当然よ。彼は私の旦那様なんだもの。……言うのが遅くなって、ごめんなさい」


 私がそう言うと、ラジュールはぐしゃりと顔を歪めて笑った。


「いいんです。セオドア様が助かれば……ありがとうございます、本当に。……良かった、良かったです」


 ラジュールが顔を覆って、しゃがみ込んだ。

 私も泣きそうになりながらもラジュールの肩を叩いた。


「しっかりして。あなたはセオドアの従者なのだから。彼の為に一緒に頑張るのよ。これから大変なことになるわ。政治的な事はあなたが明るいのだから、この地でこれからもセオドア様を助けてくれないと」


「ええ、ええもちろんです。奥様」


 奥様、と呼ばれ驚いたけれど、この地にいることが認められたようでとても嬉しかった。

 私は心からの笑顔で皆を見つめ、ぱちんと手を叩いた。


「ええ、まずは私の旦那様を酷い目に合わせた人を捕まえないとね」


 私は冗談めかして言ったけれど、周りがじっと真剣な瞳でじっと私の事を見ているのがわかる。


 もしかしたら、また同じことが繰り返されるのかもしれない。


 でも、私はセオドアとセオドアが作ったガランドを信じることに決めたから、もう迷わない。


「フィニララ、行くわよ」


「えっ。マ、マリーシャ様」


「さっき見てたでしょう。私は魔術が得意なの。フィニララの実力も気になるけれど、今は私に活躍させて」


「は……はい」


「侵入者の位置は……馬鹿ね、近くで動いてないわ。きっとセオドア様が死ぬのを見届けてから帰ろうと思っているのよ」


「えっ。ねえ、なんでそんなに詳しくわかるの……? セオドア様だって、そんなに詳しくは」


「まったく、フィニララ私は魔術が得意だって言ったのを聞いていなかったの? 今言ったばかりよ」


「んもうー! マリーシャ様つよつよすぎ!」


 何故か感極まったように叫んで、フィニララが抱き着いてきた。毛がふわりと柔らかく、変わらない態度に私は嬉しくなった。


「じゃあ、後はよろしくね」


「もちろんです!」


 そう言ってフィニララを伴って部屋を出ようとすると、皆が何故かきらきらとした目で私の事を見ていた。


 畏怖とは違う、期待のまなざしに私は吹き出してしまった。


「ここのみんなは私がこわくないのね」

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