第42話 もう迷わない

 セオドアの瞼が開かれ、思いのほか力強い眼差しで私の事を見つめている。


 しかし、慌てて彼の手を握ったけれど、ひんやりとしたその手は私の手を握り返してはくれない。かなり弱っているのがわかる。


 このままでは、本当に危ない。


「せ……せおどあさま……」


「マリーシャ。よく聞いてくれ」


 静かな声で、セオドアが私の名前を呼ぶ。

 こんなに状態が悪いのに、顔には笑みが浮かんでいる。


「君がこわいなら、そうしなくていい。その必要はないし、責任だって感じなくていい。これは、俺がしくじっただけだから……よく覚えておくんだ」


 そこまで言って、セオドアはぐったりと目を閉じた。


 こんな時に、私の心配を。

 私のせいじゃないと伝える為に……。


 そこまで考えて、私は気が付いた。

 これは、私がセオドアの呪いの進行を止める話じゃない。


 ……セオドアは私が魔術を使えるだけではなく、もっとずっと高度な魔術を使えることを、知ってる。


 間違いなく。

 私が彼の呪いを解くことができることも。


 いつからだったのだろう。


 それでも、私の為に今の言葉を伝えてくれた。無理をする必要などないと。

 自分の命が消えてしまいそうなのに、こわいなら魔術を使わなくていいと。


 彼は解呪して欲しい素振りなんて一度も見せなかった。今だって。


 ……自分が死んでしまいそうなのに、私を護ってくれている。


 彼が私に言ってくれていた言葉通りに。


 彼の、温かで大きな愛情を感じ、私の目からはぼろぼろこぼれる。


 全部知っていただなんて。

 私はなんて馬鹿だったのだろう。


 何が契約だ。何が対等だ。

 言い訳ばかりして、前世からずっと何も変わっていない。自分可愛さに、好きな人を見殺しにしようとしていた。


 本当に、馬鹿だ。


 セオドアは、私の事ばかり考えてくれているのに、何も返そうとしていなかった。


「セオドア様、馬鹿でごめんなさい。……大好きよ」


 私はセオドアをぎゅっと抱き寄せた。ひんやりとした身体が、力なく私にもたれかかる。


 失われそうなセオドアの命を強く感じて、私の心も静かになった。


 皆が息をつめて私の挙動を見守っている。

 セオドアに最期のお別れをしているのだと思っているのかもしれない。


 そんな事にはならない。


 セオドアを抱きしめた私の前に、青い顔をしたラジュールが立った。隣にはぎゅっと手を握ったフィニララがいる。よく見ると、ラジュールは剣を持っていた。


「マリーシャ様、私はフィニララと共に侵入者を追います。セオドア様をお願いします」


 皆、戦おうとしている。

 私は、向かおうとするラジュールとフィニララを制した。


「ラジュール、あなたが行ってしまっては、危ないわ。侵入者は手練れよ。フィニララとは私が行くわ」


 実際、手際はかなり良かった。

 ここは戦場で兵士も多い。それなのに誰にも気が付かれずセオドアの部屋まで来たのだ。


「マリーシャ様が行ってしまっては、セオドア様の希望が護られません。セオドア様はマリーシャ様を護りたかったんです。だからせめて、せめてマリーシャ様を危険な目に合わせないようにしないと……私は」


「ラジュールは文官でしょう、侵入者を追ったら危険だわ」


「それはそうですが。……でも、マリーシャ様を助けるという希望をかなえない訳にはいかないのです。侵入者を捉えなければあなたも危険です。この城の中については私が一番明るいと思っています」


「そうだよ。戦闘は私達が引き受けるよ。こわかったでしょう? マリーシャ様。大丈夫だから」


 ラジュールの目からは今にも涙が零れそうだ。それなのに、ぎゅっと手を握り、私の身の安全の身を願ってくれている。


 ラジュールはセオドアを護れなかったことを悔やんでいる。


 フィニララもそうだろう。悔しそうな顔で耳をピンと立て、毛を逆立てている。

 それなのに、彼らの言葉も態度も私を気遣っているのが伝わってくる。私を心配してくれている気持が、本当に心からだとわかる。


 そして私を助けることで、セオドアに報いたいと思っている。セオドアはやっぱり皆に愛されている。


 ここはこんなにも優しい。そして、私だってその仲間に入りたい。


 セオドアの事が好きで大事。彼を信じられる。

 セオドアが好きな皆を、私は信じられる。


 いや、信じるのだ。


 私は二人をじっと見つめた。


「セオドア様は死なないわ。私が死なせないから」

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