第39話 不穏な空気

「なんだか慌ただしいわね……なにかしら」


 セオドアと夕食を一緒に取ろうと食堂に向かう途中、普段見かけない騎士が何人も緊張した面持ちで歩いているのを見かける。

 いつになく館全体が緊迫した雰囲気だ。


 後ろをついているクーレルも少し不安そうにしている。


「日中も会えないという事でしたし、何かあったのでしょうか」


「そうね……トラブルかもしれないわ。今日は夕食もご一緒するのは遠慮した方がいいかもしれないわね。食堂にいらっしゃらなかったら、執務室まで伝えにいってくれる?」


「はい。わかりました」


 そんな会話をしていると、廊下の先にセオドアが見えた。マントを付けた状態で、まだ仕事中なのは明らかだった。


「マリーシャ!」


「セオドア様、なんだかとても忙しそうですが大丈夫ですか?」


「……大丈夫だ。だが、食事は部屋でとろう。休憩はしたい」


「お食事は別でも大丈夫ですよ」


「いや、今日は全然会えてない。話をしたいとは思っていたんだ」


 いつもの食堂だと思いついていったが、案内されたのはセオドアの部屋だった。不思議に思いながら入ると、部屋には二人分の食事の準備がなされていた。


「……今日はここで食べようと思って用意しておいたんだ。執務室では落ち着かない」


「朝食以外でここを使うのは珍しいですね」


「ここだったら二人きりだ」


「せ、セオドア様……!」


 甘く囁かれ手をとられ、そのままソファに並んで座らされた。セオドアは手をつないだまま私の方に寄り掛かってきた。


 近くで見ると目の下にくまが出来ている。

 恥ずかしい気持ちがすっと消え、セオドアの疲れが心配になる。


 手伝いたいと思っているのに、今は難しい状況だとセオドアもラジュールでさえも頷いてくれなかった。


 私はセオドアとつないだ手を、自分の膝に乗せ、もう片方の手で撫でた。


「お疲れなんですね」


「そうだ。マリーシャと会って少しでも元気をもらいたい」


 否定すると思ったけれど、セオドアはそのまま頷いて目を瞑った。目を瞑ると端正な顔に疲れが浮かんでいるのがありありとわかった。


 私と一緒に居る時はいつも通りにしていたけれど、きっとあまり寝ていなかったのだろう。


 何にも役に立たずにここに居る私は、無性に悲しくなってセオドアの頭をそっと撫でた。


「何か手伝いましょうか? 直接手伝うのは難しくても、雑務でも何でもできますから」

「ありがとう……今は大丈夫だ。でも、一緒に居るだけで元気が出るよ」


 セオドアはやんわりと拒否した。それが、優しさだとわかっているので私は頭を撫で続け、それ以上の言葉は飲み込んだ。


 されるがままに撫でられるセオドアがちょっと可愛い。撫でている私が癒されるようだ。

 フィニララの毛は本当に魅力的だけれど、セオドアの髪の毛を触るのも、なんだか心穏やかになる。


 このまま眠ってくれたらいいのに。


 疲れているセオドアに少しでも回復してほしくてそう思ったけれど、セオドアは目をあけて私ににこりと笑いかけた。


「残念だけどいつまでもゆっくりとしていられない。食事にしよう」


「そうですね」


 セオドアの重みがなくなって少し寂しくなった肩を撫で、私も頷いた。


 食事をしていると、書類の束を持ったラジュールが部屋に入ってきた。

 普段なら二人の食事の時間に入ってくることはないし、ノックもしないのは彼らしくもない。


 慌てた様子でセオドアに書類を渡すと、初めて私に気が付いたようでラジュールは頭を下げた。


「申し訳ありません、マリーシャ様。……セオドア様、こちらご確認ください」


「……どういう事だ?」


「わかりません」


 書類をめくったセオドアの瞳が、途端に険しく厳しくなった。


「何故情報が洩れているんだ? 内通者がいるのか? それにしても……これじゃ、攻め入られるのも時間の問題だ」


 書類を手に、吐き捨てる。こんな燃えるような顔をしたセオドアを見るのは初めてで、状況の悪さが伝わる。


「当然このままにはさせません。今、急ぎ調べています」


 ラジュールも硬い声で答え、一礼をして去っていく。


「……なにがあったの?」


 私が不安になって聞くと、思い出したようにセオドアは私の方を見て、ほっと息をついた。


「怖い気持ちにさせてすまない。戦場の話だったから君にはあまり話したくなかった。でも、聞かないのも心配だよな」


 戦争については、少しは私もわかる。

 命の数を戦力として数えるやり方を私に見せたくなかったのだろう。


 それでも、私の意思を組んで彼は教えてくれる。


「……隣国との戦争は、ここのところ、ずっと膠着状態だった。街ができてからは大きな戦争ではなく、ずっと相手の様子を探っている状態だ。だから突破口として、色々な作戦を考えていた。……特に。ここだ」


 セオドアが指さしたのは、隣国に通じる道から少し外れた森の一点だった。


「この森?」


「ここは魔物も出るし、道として部隊を送り込めるようなところじゃない。……と見せかけて、迷彩の魔術をかけながら開拓していったんだ。幸いこちらには獣人が多く、そういう環境に強い」


「ここから攻められればかなり有利ですものね」


「そうだ。ずっとこのままではいられないと思い、無理をしてここを開き、一気に攻める予定だった。……しかし、開拓中のこの場所に敵の斥候が居た。どう考えても、情報が洩れている」

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