第36話 フィニララの傷

 フィニララに部屋に連れてこられて、私はあっという間にベッドに寝かされた。


「……私、目が回っていただけだから大丈夫です」


「マリーシャ様は弱そうだし駄目だよ。セオドア様は女性に慣れてないせいで乱暴なんだから気を付けてー」


「ふふふ。そうね」


 ぱたぱたと尻尾を振って、フィニララが訴えてくる。ガランドは皆気軽で私もすっかり仲間みたいな気持ちになり、笑みが浮かんだ。


「寝るまで手をつないでてあげようか?」


「お昼寝の習慣はないのだけど。……でも、毛を触らせてもらってもいいかしら」


「いいよいいよ!」


 背中のあたりの毛を撫でるともふもふの毛がたくさん生えていて、触っているだけで癒される。


 すっかり落ち着いた気持ちになった私は、訓練を見た時に気になった事を聞いてみた。


「フィニララは、その……手の動きがおかしかったりしないかしら」


「えっ。なんでわかったの? 鑑定持ち? あれ、でも魔術は使えないんだよね?」


「えっ。……鑑定魔術」


 ……気が付かなかった。

 私、何度かセオドアに鑑定使ってるって言ってしまっているわ。


 自分の詰めの甘さにがっかりするが、同時にセオドアは知ってるけれど意思を尊重してくれていることに気が付いた。


 最初に魔術を使っているところも見ているんだもの。

 魔術が使えることは、当然知ってるわよね。


 でも、何も聞いてこない彼の優しさに、胸がぎゅっとなった。

 それを振り払うように、私はフィニララの手を握った。


 ふんわりとした手が優しくて、不思議そうに私を見つめる目はまっすぐだ。


「……あの、手がちょっとおかしく思えたから」


 フィニララは私の言葉に耳を下げた。

 悲しいのを隠すように、顔を触りながら笑う。


「マリーシャ様にも気が付かれちゃったかあ。あのね、この間の戦いで骨が折れちゃったんだけど、戦場がちょっと混乱していたからなかなか処置できなくて、変にくっついちゃったの。訓練では問題は起きていない。……治るかと思ったんだけど、やっぱり違和感が消えないの。見ても、わかるんだね」


「私は……傷や魔力の動きに詳しいの。魔法を使っていないときにも、身体が変だと魔力の動きも変になるのよ」


「そういうのがあるんだね、知らなかった。私もね、戦場ではちょっとした違和感が響くって知ってる。……この怪我だと、戦場に行ったらきっと駄目。……早く言わないとって思ってるんだけど、もうセオドア様の力になれないって、なかなか言えなくて」


 何でもなさそうな口調でフィニララは語り始めたけれど、最後には涙が溢れてきた。それをごしごしとこすり、フィニララは笑った。


「えへへ。大丈夫。ちゃんとセオドア様には言って、戦場で動けないのがばれるだなんて事しないから。それに、違和感はあれるけど、全然動けないとかじゃないからね! 騎士団では働けるよ」


 フィニララの笑顔とは裏腹に全身で悲しいとわかる彼女の態度に、私は自分がやるべき事がわかった。


 私は、セオドアと結婚してガランドの人たちのしあわせを作る。

 彼女たちの力になると、決めたのだ。


「フィニララ。あなた、約束は守れるかしら」


「う、うん。でも、嘘は下手かもしれないけど……」


 突然の質問に、正直に答えるフィニララが優しい。

 その嘘のつけなさに、私は安心している。


「それはいいの。……ガランドはいい街で、騎士団はずっと戦ってきてくれている。私はセオドア様と結婚することにしたのだから、力になりたいわ」


「うん! 嬉しいよマリーシャ様! 私達、ちゃんとマリーシャ様を危険から守れる。信じて!」


「……ええ、信じる。本当言うとね、セオドア様の事も信じたいの。……ただ、人間関係に疲れてしまって、信じることが難しいの」


 主の婚約者である私の弱音に、フィニララはゆっくりと背中を撫でてくれた。


「……獣人は、嘘をつくのが苦手だから信じられるの?」


「ええ、そうかもしれないわ」


「そっかー。なら本当だとわかると思うけど、セオドア様もいい人だよ。でも時間が居るよね」


 頷いて全くわたしの事を責めるようなことを言わないフィニララの言葉は、心からのものだ。……彼女は、獣人だから。


 私は彼女の手をとって、回復魔術をかけた。

 構成から発動まであっという間だ。


 手が光ったのを見て、フィニララは不思議そうに首を傾げた。


「今のって、何の光?」


「フィニララ。私は、こういう事ができるの。……でも、まだセオドア様にそれを言う勇気がない。お願いだから秘密にしておいてくれる?」


「これは、魔術なの?」


「……それは、今は言えない。ごめんなさい」


「うん。いいよ。それに結婚したからって秘密もあると思うよ。マリーシャ様はいい人だから、セオドア様のことも信じられるようになるといいね」


「ええ、私もそう思ってるの。……今で、あなたの手は治ったわ」


「えっ。……えっ。ほんとだ! 本当に治ってる! えええ、動きが変じゃない! 嘘みたい! 大丈夫! お医者様にも見てもらったけど、駄目だって言われたのに! ……うれしい」


 私の言葉に、フィニララは手をぶんぶんとまわして信じられないという風に私の事を見た。その後、本当に嬉しそうに大きな口で笑った。


 子供の様なその仕草に、私は自分の行いが正しかった、と思った。


「マリーシャ様ぁぁ。ありがとう、これでガランドをまた守れるよ……! 本当に、本当にありがとう……」


 笑顔から一転して涙を流したフィニララが、私の事を抱きしめてくる。

 ぎゅっと抱きしめられる体温に、私は目をつむる。


 フィニララの嬉しさが、私にも伝わってくる。私もどうしてだか涙が出てくる。

 優しいもふもふに包まれながら、私はガランドの為に何が出来るかを考えた。


 その為にはセオドアに伝えるのが一番だとわかっていた。


「……ごめんなさい。この事、まだ、秘密にしておきたいの……」


「いいんだよ。そういうのは時間がかかるんだってセオドア様だって、知ってるから」


「ありがとう、フィニララ」


「本当だよ。私だって味方だから! セオドア様の次に、マリーシャ様に感謝してる! この手でマリーシャ様もセオドア様もガランドも、守るよ」


 フィニララの言葉はまっすぐで、じわじわと私に染み渡る。


「セオドア様は獣人をちゃんとした住人にできたんだから、マリーシャ様もあっという間にガランドでみんなの事。仲間だと思えるようになるよ」


「ふふふ。楽しみだわ」


 本当にすぐにそんな日が来るような気がして、私はフィニララの毛に顔をうずめた。

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