第35話 新しい取引
フィニララと屋敷に戻ってくると、セオドアが慌てたように現れて出迎えてくれた。
息切している姿に驚いてしまう。
貴族らしからぬ彼だけど、屋敷でこんなに慌てているのは何かあったのだろうか。
「マリーシャ、おかえり! ああもう、しっかり出迎えたかったのに、ギリギリだ」
「……ただいま戻りました。セオドア様」
嬉しそうに笑う彼に、ただ出迎えてくれてくれたのがわかった。
私が帰ってきたのが、見えたのかな。
今まで誰も出迎えてくれなかった生家を思い出し、セオドアの優しさに嬉しくなる。
「フィニララに案内して頂いて、とても楽しく勉強になりました。セオドア様、私、ガランドを獣人の人にもっと住みやすい場所になるように努力していきたいです!」
「なんだか急に変なスイッチが入ったな……。でもまあ、ここで暮らしていく気持ちが湧いてきたなら良かったよ」
セオドアが私の頭をぐりぐりと撫で、フィニララはキラキラとした目でわたしの事を見つめた。
「マリーシャ様に私たちの上になってもらえると嬉しいなあ」
「そんな事ないのよ。……実は、私は貴族には重要な魔術も使えないんだから。だから」
「そんなのは関係ないよ。今話してていい人だもん。あっ。じゃあ、マリーシャ様、魔術が使えないなら剣にする?」
私が勇気をもって魔術が使えないと言ったのに、フィニララは別のお菓子を出すかのようにただ剣を勧めてきた。純粋に言ってくれているのがわかる。
……私、魔術を使わないでもここにいていいのかな。
困ったような嬉しいような気持ちで、涙が出そうになる。
それに気が付かないセオドアは、フィニララに私の手を掴んで見せた。
「この腕を見ろフィニララ。これが剣に向いている手に見えるか? 駄目だ」
ぐいぐいと見せつけるセオドアに握られた手が痛い。
あわあわとしたフィニララがセオドアの手をぱしりと払った。
「駄目だよー! マリーシャ様が痛がってるじゃない!」
「うわ、マリーシャ。赤くなってる!……うう、ごめんな乱暴で……」
フィニララに注意されてしゅんとしたセオドアにも下がった耳が見えそうだ。
「まったくもう、女性に慣れていて遊んでいる人の動きとは思えないですね」
「遊んでないからこうなんだ!」
「セオドア様は遊んでないよマリーシャ!」
からかうと慌てたように言い募る二人に、私はすっかりおかしくなって大笑いしてしまった。
ガランドは、偏見が少なくていい所だ。ずっと、今までも獣人戦争に巻き込まれたりしていたのだろう。こんな可愛い子たちがしあわせじゃなかったなんて。
そして今も迫害は続いている。まだ、セオドアが居るガランドだけだ。
セオドアが作った、この街だけ。
……それは駄目だ。
私は妃教育も受けてきた。
魔術以外の部分もちゃんと、勉強してきた。
だからきっと、力になれる。
彼らの役に立ちたい。
私なら。
あの息苦しい日々が無駄にならないかもしれないと思うと、じわじわと希望のようなものが広がっていき、視界が開けたような気持ちになる。
……これも取引だ。私は役に立つ。セオドアも、私に自立できるための場を提供してくれる。
だから、いいんだ。
「決めました。私、セオドア様と結婚します」
「えっ」
まだ少ししかここを見ていないけれど、いい人達がいて、いい街だと思った。
獣人が穏やかに住んでいて、これを護る事を、私もしていきたい。
……セオドアも私と結婚してもいいって、言ってたし。
ぽかんとしたセオドアに、私はちょっと不安になりながらも伝える。
「私も今まで勉強もしてきました。実践はありませんが、領地経営についての知識はあり事務仕事も問題なくできるので、役に立てると思います。……もちろん、セオドア様が結婚したい相手が出来たら離婚していいので、それまでは」
「ありがとう! 嬉しい!」
私が言い終わる前に、セオドアが私の事を抱きしめた。そのままぐるぐると回る。
動く視界と浮遊感に、目がちかちかとする。
それでも、否定どころか心から喜んでくれているとわかるセオドアの行動に、私の胸はいっぱいになった。
本当に、私と結婚したいと思ってくれているんだ。
「えっえつ。マリーシャ様は婚約者じゃなかったの!? どういうことセオドア様―」
「婚約者だ。結婚もする」
フィニララは混乱したようで私たちの周りを一緒にぐるぐると回っている。
二人の会話に突っ込みたいけれど、目が回って上手くまとまらない。
本格的に気持ち悪くなってきた。
「ええと、ええと、まずは降ろしてください……うううう」
「大変大変! マリーシャ様が大変!」
「うわー! 大丈夫かマリーシャ!」
弱っている私に気が付いたフィニララがセオドアを止めてくれ、やっとまた地面に戻ってくることができた。
しかしまっすぐに立つことが出来ずに、そのままふらふらと倒れそうになる。
するとまたふわっと視点が回り、今度はセオドアに抱きかかえられていた。
「大丈夫です。目が回っただけで」
「さっきからすまない乱暴で……今日はここまでにしよう。部屋まで送る……あああ、そうだ。仕事があるんだ」
なんと遠くにラジュールの姿が見えた。
「本当にごめん。凄く凄く今の言葉嬉しかった。本当に。本当に大事にするから! 今の感じだと信じられないかもしれないけど! ええと、フィニララに頼んでいいか?」
すごくすごく残念そうに、本当に気持ちを伝えようとしてくれているのがわかるセオドアの言葉が、胸の奥深くに響いている。
「大丈夫ですよ。フィニララも付き合ってもらってしまったから、戻っても大丈夫だよ」
「いいよいいよ。送るよ。マリーシャ様は人間なんだから、もっと気をつけないと駄目だよ! お部屋でゆっくりしようね」
「もう、本当はこの後フィニララの訓練を見ようと思っていたのに、セオドア様のせいですよ……」
恨めしい気持ちで呟いたが、セオドアはにっこりと笑った。
「それは結婚するんだから、いつでも見に来られる」
「……まったく、もう」
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