第34話 騙されたっていいんだよ

 セオドアは一緒に行きたかったと残念そうな顔で執務室に戻っていった。きっと仕事がたまっているのだろう。


 後ろ姿はなんだかしゅんとしていて、思わず笑ってしまう。


 護衛だと言っていたが、何故かフィニララは手を繋いでくれて道案内してくれる。


「これだと迷子になりにくいんだよ」


 いいやり方だというようにつないだ手を上にあげる彼女に、自然と私は微笑んでいた。



 フィニララは確かに街に詳しく、手を引いて色々な人に紹介してくれた。

 そのたびに暖かい歓迎を受け、セオドアへの賛辞を話し誇らしそうにする住人を見た。


 私もいつの間にか、声をあげて笑っていた。


「こっちこっち。たくさん歩いて疲れたかな? 貴族のお嬢様なのにこんなに歩かせちゃってごめんね」


「いいえ。とっても楽しいわ。それに、街にも慣れたいから、助かるの」


 お勧めだからと買った温かいフルーツの入ったお茶を両手に持ち、二人で高台にあるベンチに座る。

 活気のある市場が遠くに見えて、暖かな光が優しい。


 隣に居るフィニララの毛がふわふわと身体に当たって、ちょっとくすぐったい。


「いい所でしょうー? ガランドは獣人にとって安心できるところなんだ。ここを護っていきたいと、ずっとずっと思ってる」


 呟いた彼女は遠くを見ていて、その瞳から強い決意を感じて少し不思議になった。


「フィニララは、ガランドで育ったの?」


「……ガランドだけど、ガランドじゃないの」


 目を伏せて耳も下がってしまったフィニララに、これ以上聞いていいかわからなくなって、私はぎゅっと彼女の手を握った。


「ごめんなさい。好奇心で聞いてしまったわ。言いたくなければ言わなくていい。……私だって聞かれたくない事はあるもの」


「ううん、大丈夫。思い出したら怖くなっただけ。マリーシャ様は獣人について、どれぐらい知ってる?」


「申し訳ないけれど、ほとんど知らないの。私のメイドのクーレルの出身を調べてもらおうとしたけれど、王都ではほとんど情報が手に入らなかったし」


「そっか。……私達獣人は、もともと森の中に住んでいたんだ。そこに村と呼べるものはあったけれど、人間に連れ去られたり、雇われて酷い目に合ったり、争いに巻き込まれてしまったり、酷い環境だったの。誰かが急にいなくなる、なんて事が日常茶飯事だった。私が産まれるずっと前から、そうだったんだって」


「そんな恐ろしい事が……」


 クーレルは、そういう風に売られた子だったのかもしれない。

 前世の時にも獣人は見た事なかったから、やっぱりその時も迫害されていたのだろう。


 誰かが居なくなることが日常茶飯事な環境だなんて、ぞっとする。


 こんな素敵な彼女たちがずっと危険にさらされていたなんて、胸が痛んだ。


「でも、セオドア様が来てから変わったんだよ。私達を雇ったけれど、それは正当な報酬でだし、ちゃんと地位もくれた。それに、厳しく平等に扱ってくれた。周りの人間だって最初は私達の事を見下していたけれど、今はちゃんと仲間だって思ってくれてるんだ」


「……本当に仲間になれたのかしら」


「なれたんだよ。本当だよ!」


「あっ。ごめんなさい、嫌な事を言ってしまったわ」


 まっすぐに本当だという彼女に、自分の失言を悟った。


 前世の自分を重ねてしまい、傷つけるようなことを言ってしまった。

 馬鹿だ。


 申し訳なくて下を見た私を、フィニララはそっと抱きしめてくれる。


「マリーシャ様は、セオドア様の事が信じられないんだね」


「そんなこと、ないわ……」


 そんなそぶりを見せたつもりはなかったのに、フィニララは私の背中を撫で、優しく囁いた。


 私がおめでとうの言葉に素直に頷かなかったからだろうか。

 本当はちゃんとした婚約者のようにふるまうべきだったのに、喜ぶ彼らを騙すようでどうしても難しかった。


 それでももふもふした毛皮に包まれるとすべてが許されるようで、気持ちが穏やかになるのを感じる。


「わかるよ。本当に仲間になれたのかなって、私達も何度も疑った。でも、みんなで戦って、目を合わせた時にわかったんだよ。マリーシャ様にもきっとそういう時が来るよ」


 フィニララの言葉が、じわりと胸に広がった。


 かつての戦争で、私も確かに仲間だと思った。

 私の魔術で回復した人は、泣いて喜んでくれた。魔術の補助で強くなって戦争を早く終わらせられると、剣を見つめていた。


 彼らの笑顔が、嬉しかった。


 勝利した日は私の手を引いてくれて輪に入れてくれた。

 一緒にお酒を飲んだ。

 あの時は、馬鹿みたいに皆で笑いあった。


 ……それは、それだけは信じていいのかもしれない。


 その後、裏切られたとしても。


「ねえフィニララ、私って騙されやすそう?」


 クーレルにもした質問を、フィニララにも投げかける。


「どうなんだろう? 今は騙されないように気を張っているように見えるかなー」


 ふわふわと可愛いフィニララは、感情に敏いようだ。それに自分の感情を隠さずにまっすぐに答えてくれる。それが自分を偽らなくていいように思えて、心地いい。


「そうなの……。私って、騙されやすいみたいだから気をつけないとって思ってて……」


「いいんだよ騙されたって! 悪い奴はどうしてもいるから。でも一回騙されたとしても、信じていい人はいっぱいいるよ!」


「まあ、前向きだわ」


 しっかりと目を見て間違いないと頷くフィニララはとても力強く、彼女らしい言葉だと笑ってしまった。

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