第33話 フィニララ
「今日は、うちの騎士団に会ってもらいたい」
「騎士団に……、何故ですか?」
「マリーシャに獣人に偏見がない事はわかっているが、その事をうちの団にも知っていてもらいたい。これからは君も警護対象になるのだから。……これは先程の話とは違い公爵家の人間としての警護になるからな。俺にも君にもつくものだ」
後半慌てたように付け足すセオドアに、他意がないのがわかる。
「……私に護衛、いりますか?」
「間違いなく必要だ」
きっぱりとセオドアに言われては断れない。
そもそも私は魔術が使えないことになっているので、身を護るすべがないだろうと言われればそれまでだ。
「私は剣術の達人だって言ったら信じますか?」
「信じるはずがないだろう」
セオドアは冗談だと思ったのかおかしそうに笑った。
まったく信じている気配がない、駄目そうだ。
「よろしくお願いします」
「良かった。いい奴らばかりだから仲良くできると思う。獣人が多いが、もちろん人間もいる。戦いには優れているし、良く仕えてくれるんだ。ここは戦いが多くて殺伐とした地だけど、皆が居るから楽しくやれてるんだ。ガランドでは皆が仲間みたいなものだから、マリーシャも気に入ってくれると嬉しい」
セオドアの騎士団。
誇らしげな表情からセオドアが彼らの事を大事に思っているのが伝わってきて、なんだか苦しくなった。
前世の仲間たちは、私の事を大事に思ってくれていただろうか。
彼らの表情が、怖くて思い出せない。
訓練場は城の裏手にあった。
騎士団が皆で訓練をしているところを見るのは、それでも懐かしかった。
……あれ。
目についた騎士団の動きを見ているうちに、団長らしき人がセオドアに気が付いた。
手をあげ訓練を止めると、隊を集めセオドアと私の前に整列した。
騎士団は二十人ほどの人数で、聞いていた通り獣人と人間が混ざっている。
耳の形が違うものから、街で見たのと同じように、かなり全身を毛に包まれているものまで色々だ。
その隊列の前に先程号令をかけていた団長と思われる人物が立っていた。
驚くべきことに、騎士団長は女性だった。
王都には女性の騎士自体見なかったので、ガランドは先進的だ。
大きな耳があり、半分以上毛におおわれていてすぐに獣人だとわかる。
猫系の獣人らしく、ピンと立った猫耳に短いしっぽが見える。ふわふわとしていてかわいい。
釣り目をぐっと細め、検分するようにこちらを睨んでいる。
セオドアは気にした様子もなく気軽な雰囲気で、私の事を騎士団に紹介した。
「こちらがマリーシャだ。俺の婚約者で、準備が整い次第結婚するから、警護はしっかりするように」
「マリーシャです。よろしくお願いいたしますね」
私はスカートをそっと持ち上げ挨拶したが、フィニララは全身で警戒を露にした。
「この人間が……? ねえセオドア様、どこがいいのよ貴族の人間なんて。偉そうなだけに決まってる! セオドア様は獣人と結婚するのが似合っていると思っていたのに!」
「そんなことはない。俺には彼女が似合っている。マリーシャ、こちらはフィニララで、騎士団長を務めている」
「こんな女に紹介される必要はないよ」
セオドアの適当な紹介にフィニララは全身の毛を逆立て、反対している。
前世の騎士団も、私の事を最初受け入れてくれなかったなと懐かしく思いながら、敵意がないことを示す。
「あの……、お気持ちはわかります。急にあらわれた人間が信用できない事も。フィニララ騎士団長、出来るだけこちらにはなじめるように努力していこうと思っています。よろしくお願いいたします」
獣人にとって人間、特に貴族は信用できないだろう。クーレルを連れていたので良くわかっていた。
私が頭を下げると、フィニララは急に慌てたように飛び跳ねた。
「えっ、えっ。なんで! ねえねえ頭なんて下げるのやめてやめて!」
「ど、どうしました?」
彼女の慌てぶりに私まで慌ててしまう。
「フィニララは人間、特に貴族が敵だと思っているから、先制攻撃のつもりだったんだ」
可笑しそうにセオドアが笑って、私の肩を抱いた。
思ってもみない話に疑わしい気持ちでフィニララを見れば、彼女は気まずそうに下を見ていた。
耳もしょんぼり下がっている。
「えっ本当に?」
「……すいませんでした。そんな丁寧にあいさつをしてくれる貴族なんて、今までセオドア様ぐらいだったから」
耳を下げ全身で申し訳ないという気持ちを表してくれるフィニララが可愛い。
獣人は気持ちの嘘がつきにくく安心感があるが、彼女もそのまま気持ちが出るタイプなようだ。
「君もメイドが居るからわかるかもしれないが、獣人は良くも悪くもストレートだ。悪感情も出るが、好意もでる、……何も隠せないから、見たままで受け入れてくれると助かる。……騎士団として難しい戦術はできないけどな」
人間の気持ちがわからなくなっていた私には、獣人のこの性質は凄く有り難い。
私は信じて欲しくてフィニララの手をそっと握った。
もふもふとした毛と硬くなった肉球に触れ得した気分になってしまい、慌てて邪念を振り払う。
「フィニララ様。私の専属メイドも獣人なので、偏見はもっていません。それに、ガランドでは獣人が活躍していると聞いています。ここは国境が近くなかなか大変だとは思いますが、仲良くしてもらえると嬉しいです」
「マ……マリーシャさまぁぁ。貴族でメイドとして獣人を雇っているだなんて……セオドア様! この人間いい人間です! 結婚おめでとうございます! 逃げられないように気を付けて!」
うるうると感動したような目で見られて、戸惑ってしまう。
確かに貴族としては珍しい部類だとは思うが、それだけでセオドアに相応しいとは思えない。
それに結婚もするかはわからない。
「セオドア様はとても素敵な人ですよ。私なんかよりもずっと」
「うーん、セオドア様は確かにいい人だけど、貴族らしさはないし醜聞はあるしで、結婚は絶望的だと思っていたんだよー。この街の皆はセオドアの事好きだけど。だから……嬉しいんだよー」
手をもじもじとさせているこの可愛い生き物はなんだろう。本当に騎士団長なのだろうか。
ちらりと見た腰にはきちんと剣が下げられているから間違いではないのだろうけど……。
うう、撫でまわしたい。
「ありがとう。……セオドア様は、私にはもったいないわ」
結婚については迂闊に言う事ができないので、私はあいまいに頷いた。
「そうだ。マリーシャ、君の市井への勉強の講師はまだ誰にするか迷っているけれど、今日はフィニララと買い物でも行くといい。彼女は街での警備も請け負っていたから詳しいはずだ」
「うんうんマリーシャ様、私とっても詳しいよ! 一緒にお出かけしよう色々見せてあげる!」
張り切ったように胸を叩いたフィニララに、断る事なんてできるはずもなく、私は笑顔で頷いた。
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