第32話  【SIDEセオドア】深夜の執務と雑談

「今日は奇跡的に可愛かった。今まで家族には冷遇されて、それでも妃教育を受けていたような人物が、魔物を食べて獣人が居るこの場所をいい所だというんだ」


 熱に浮かされたような気持ちでラジュールに伝えると、彼は苦い顔でセオドアをじっと見た。


「セオドア様。……ええと、流石にこの深夜までの仕事が無理すぎるのでは。言動がおかしくなっています。大丈夫ですか」


 今日はどうしてもマリーシャにガランドを見せたかったために、時間をあけた。

 日中仕事をしなかった場合、どうなるかというと夜にずれ込むということだ。


 自分の仕事は日中に行っていたラジュールも、セオドアの手伝いをしてくれている。


 でも、セオドアは元気だった。

 何故ならマリーシャが可愛かったからだ。


「全然大丈夫じゃない。奇跡だ。あんなに可愛くて性格がいい人間がいるのか? しかも一緒に居ると楽しいんだ」


「……今まで人間不信の塊だったような主がこんな事になって、私はマリーシャ様が魅了の魔術でも使っているのではないかと疑っているところですよ」


「それも納得できる可愛さだ。……ガランドの街を見ても全然気にした様子もなかったから、明日は騎士団を紹介しよう。彼女なら獣人に守られることにも抵抗がないだろう。奇跡だ」


「まあ、ここに住むなら偏見があったら大変ですからね。でも、騎士団を紹介したらすぐに戻ってきてください。今日みたいなことは無理です。そもそも王都に行っていたせいでどれだけ仕事がたまっているか知っていますか?」


 セオドアは自分の机の上をちらりと見た。

 未処理の書類が山になっている。


 同じぐらいラジュールの机の上にも積まれている。しかしそれは見なかったことにしたい。


「……午前中は一緒に居たい。昼食後は働くから」


「駄目です。今日一日時間取ったのですから、明日は紹介後すぐに戻ってきてください。すぐに」


「これだけガランドの為に尽くしている俺に対して、それはあまりにも冷たいのでは?」


「駄目です」


 全く取り合ってくれないラジュールに、セオドアは奇跡的な可愛さのマリーシャを思い出し、ため息をついた。

 仕方がないことは、確かにわかっている。


 早く書類仕事ができる人物を見つけなくては、とセオドアは領地の人間の顔を順番に思い浮かべた。


 皆戦闘が得意そうだった。


「獣人にも、勉強が得意だったり事務仕事が好きだったものはいるはずだよな……?」


 セオドアの疑問に、ラジュールは疲れたような口調で返した。


「居るんじゃないですか? 今のところ見ていないですけれど」


 セオドアはすっかり冷めてしまったお茶を飲み、ため息をついた。


「何故ここはこうも戦闘ばかり得意なものが集まっているんだ」


「ガランドだから当然でしょう。人間は戦闘が得意だからここに来たり、ここに来るしかなかったものなんですから」


「ううう、知ってた。……だから、ここにもともと住んでいる獣人に期待しようと……」


 泣き言をいうセオドアに、ラジュールはにっこりと笑って書類を渡す。


「獣人に関しては、まずは教育が足りてません。これでは頭がいいか悪いかすらわかりません。戦争を終わらせて、その辺の整備もしなくてはいけないですね」


「……頑張るしかないな。将来に期待しておくよ」


「そうです。流石セオドア様です。無理しない程度に無理してください」


「それはいったいどっちなんだ……」


 確かにやるべきことはたくさんある。

 解決しなければいけない事、これから街としての発展の為に行わなければいけない事。皆の幸せを護る事。


 ……マリーシャが過ごしやすくなるために、しなければいけない事。


 セオドアは軽く頬を叩くと、また書類に向き合った。

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