第31話 獣人と屋台

 私も続き、もう一度セオドアを小突いた後クーレルから串焼きを受け取る。

 茶色いたれがかかった大ぶりのお肉からは、湯気が出ていてとても美味しそうだ。


「マリーシャ様! これジャッカロープの串焼きでした……!」


「わー、こっちでは食べるのね。セオドア、美味しい?」


 聞くとセオドアは大きな口で串焼きの半分を食べた。


「美味しいぞ。甘辛い感じで、ここら辺は味が濃いものが多いんだ。まるまると太ったジャッカロープは、この辺ではごちそうなんだぞ」


「……豪快ね」


 ジャッカロープは角の生えた丸い目が可愛い魔物だ。凶暴だが見た目が可愛いので好きな人も多い。


 赤いつぶらな瞳に見つめられたような気がして、私は慌ててその想像を振り払った。


 セオドアを真似て大きな口を開けてかぶりつく。頑張って口を開いたけれど、流石に半分は入らなかった。


 セオドアが言ったように脂の乗ったお肉に炭火の香りが広がり、その美味しさに驚いた。

 何本でも食べられそう。


「凄く美味しいわ」


 私が食べたのを見たクーレルも、慌てたようにかぶりつく。


「本当ですね! すごく美味しいー」


 セオドアと同じぐらい大きな一口で、頬を膨らませている。


「クーレル、それじゃリスみたい」


「リスじゃお肉は食べれないですきっと」


「リス系の獣人はいないのかしら……」


 ちらりとセオドアを見る。


「俺は見たことないな……多分。というか皆色々混ざっているだろうから、本人もわからないだろう」


「確かに違う種族で結婚することはあるものね。私はクーレルは山羊だと思っていたわ、でも草食じゃないわね」


「私はお肉を食べますよマリーシャ様」


 クーレルは何故か不満そうに唇を突き出した。


「見た目が山羊だからといって、草食だとは限らない。多分リスだって同じだ」


「そうなの?」


「見た目も特性もどっちが強く出るかは個人差だ。ここでは見た目の種族はあまり気にしない。自己申告だな。本人が駄目と言ったら駄目。いいと言ったらいい。他は関係ない」


「……それはいい所ね」


 偏見のなさは、セオドアの性格そのままみたいだ。

 微笑んだ私に、セオドアは何故か眩しそうに目を細めた。


「……奇跡だ」


「ガランドは、本当に、そうね」


 しっかりと頷いのに、セオドアは驚いたような顔をした。


「どうしたの?」


「いや……。ああそうだ、他にもおすすめがあるんだ。いろいろ紹介する!」


 何故か早口のセオドアの言葉に、クーレルが嬉しそうに飛び上がった。



 立て続けに何軒も屋台を回り、私達はすっかりお腹いっぱいになった。

 セオドアの提案で公園のベンチに座って、私だけ何故か苦いお茶を飲まされていた。


「ううう。苦しい。そして苦い」


「マリーシャは食いしん坊だったんだな。これは消化が良くなるお茶だ。我慢して飲みなさい」


 食べ過ぎて弱っている私の頭を、セオドアがくしゃくしゃに撫でた。


「もう、子ども扱いしないでください。珍しくて美味しかったので、ついつい」


「言い訳はまるで子供だ。これだけ食べてしまったら、デザートは次回だな」


「ブルーベリーチーズパイですね……今はもう厳しいです」


「見たらわかる」


「ううう」


「じゃあ、次のデートの約束もできた事だし、途中まで散歩がてら歩いて戻ろう」


 初めてみるガランドの街は見るものがどれも珍しく、散歩もきっと楽しいだろう。重い身体を引きずり、セオドアの手をとった。


「そうね。運動しないとあっという間に丸々としてしまいそうよ……」


「気に入ってよかった。お茶は部屋にも用意しておく」


「苦いのは好きじゃないです。全然気に入ってません」


「今日は諦めろ。これからは食べすぎ注意だな」


 全然取り合ってもらないので、私は諦めて歩く事で少しでも消化に努めることにした。


 *****


 恐ろしいことに、部屋に戻るとすぐにラジュールがお茶を持ってきた。


「もしかしてそれ、苦いやつですか?」


「そうですよ。この辺では良く食べすぎたりお腹が痛くなったりしたときに飲むんですよ。まったく、屋台で食べすぎるお嬢様なんて見たことがないです」


「うう。とても美味しかったから、見逃してもらいたいわ」


 私は情けない顔をしながら、ラジュールの持ってきたお茶を飲んだ。苦い。

 きちんと飲むか見張っている様子のラジュールは、何故か言いにくそうに質問してきた。


「……魔物を食べるのは気にならなかったのですね。それにマリーシャ様は、どうして王都に住んでいて獣人に偏見がないのですか?」


「偏見なんてあるわけないわ。ずっと獣人と暮らしてきたのよ。クーレルは優しいし、私と同じ見た目で優しくない人も居る。それだけよ」


「それだけ、でしょうか」


「そう、それだけ。でも、王都では獣人を隠しておくのは賢明だわ、ラジュール」


「……え、なんで、それを」


「私、人を見るのは得意なの。獣人は人間よりも体温が高かったり低かったりするわ、あなたは低いわね。それに目の光彩も違う。目立つ所に特徴はないから、獣人だという必要なんてもちろんないし言わない方がいいわ。自分に偏見はなくても悪意がある人は居るのも、知ってる」


「……そうですね。私みたいなものでも、王都は住みにくいです。……でも、セオドア様は」


 そこまで言って、はっとしたようにラジュールは言葉を止め挨拶をして出て行ってしまった。


 見張りが居なくなったので、私は苦いお茶を飲むのはやめて、素早くベッドに横になった。

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