第30話 魔物食

「こんな風にマリーシャ様とお出かけができるだなんて、夢のようです!」


 飛びあがりそうなほどに嬉しそうなクーレルに手を引かれ、少し駆け足になる。


「ふふふ、危ないわよクーレル。王都じゃ難しかったものね。クーレルも、私も」


「マリーシャ様は魔術と勉強ばかりだったので、ゆっくりしてもらえるのは嬉しいです!」


 私の言葉にクーレルは急に立ち止まり振り返った。

 自由に出かけられるような喜びかと思ったら、私の事だった。


「まったく、クーレルってば」


「私が出かけられない事もいつも気にしてくれてたので、こんな風に自由なのはいいですね。……ガランドはいいところです。マリーシャ様、連れてきていただきありがとうございます!」


「いいえ、私が来てほしかったのよ。私……あなたの事はとても信用してる」


「マリーシャ様……?」


 クーレルが不思議そうに首を傾げた。


 どうしても伝えたくなってしまったが、信用という言葉を口に出すのは、とても緊張してしまった。


 でも、そうだ。

 私はクーレルの事を信用している。……誰も彼も、敵じゃないのかもしれない。


 いや、希望は持ってはいけない。幼いころからずっと一緒にいてくれたクーレルだけが特別だ。

 私は首を振って甘い考えを振り払う。


「なんでもないわ、クーレル」


「あ! あれ美味しそうですね! マリーシャ様見てきます! おいしそうだったら買ってきますねっ」


 私の葛藤など気にした素振りもなく、クーレルは匂いにつられたのか屋台へ飛び出してしまう。


「もう、可愛いんだから」


「彼女は俺の分も買ってくるかな? 君も君のメイドも私の事を忘れていないか?」


 拗ねたように言うセオドアは、お腹がすいているのだろうか。


「セオドア様も、屋台で食事したりするんですか?」


「もちろんする。ここの屋台は暖かいものが多くて、寒い中で食べるとそれだけで美味しい」


「確かにそれはありますね。寒暖差大事だわ」


「こういうのも寒暖差っていうのかな……。ここら辺の魔物は寒さで脂肪がたっぷり乗っているから味がいいんだ」


 そこまで言って何かに気づいたように口をつぐみ、セオドアは難しい顔をした。


「ええと、もしかしなくても、魔物を食べた事……ないよな」


 王都では魔物を食べることもあるが、家畜を食べるのが美食とされている。

 貴族で魔物を食べるものはほぼ居ない。


「ファラデアウスなんか、好きですけどね」


 大きい鳥型の魔物の名前を出すと、セオドアは目を見開いた。


「まさか。王妃候補だったマリーシャがファラデアウスを食べたことがあるなんて驚きだ。……あれは鮮度が命なんだぞ。というか鮮度が少しでも悪いと……酷い味だ。王都に住むマリーシャが食べたとしたら……かなり……。あれが、好きだとは」


「ゲテモノ好きみたいに言わないでください! ちゃんと美味しいお肉でした」


「むむむ。王都に持ってくる間に鮮度が落ちないなんて事が……? 凍らせたものか? いや、それでも味は劇的に悪くなるはずだ」


「ふふふ。色々伝手があるんですよ」


「そこまでして……! まさか、魔物好きだったのか……?」


「それは違います」


「急にきっぱり否定するな」


 当然、食べたことがあるのは前世の戦場でだ。

 自分で倒したし、大きい鳥の魔物は皆が食べても食べきれないほどあり、喜んだ。


 ……確かに次の日は食べれたものじゃなかった。あれを好むと思われたのなら心外だ。


「私は美味しいものが好きです!」


「ははは! それは俺もだ。これから一緒に食事をしていくのに、味覚が正常なら良かった。それと、クーレルは俺の事も忘れていなかったようだ」


 セオドアの視線を追うと、クーレルが三本の串焼きをもって満面の笑みを浮かべていた。


「早く行きましょう! 冷めないうちに食べないとね」


「寒暖差だな」


「まったくもう! 馬鹿にしてるのわかってますよ!」


 私が小突くと、セオドアは笑ってクーレルの方に逃げていった。

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