第28話 婚約破棄……しない?

 セオドアは約束通り、次の日の朝私のことを迎えに来た。食卓はセオドアの私室に用意されたもので、思ったよりも気軽な雰囲気だった。


 テーブルがあり、その前には三人掛けぐらいのソファが置いてある。ソファの上にはもこもこの毛皮が置いてあり温かそうだ。


 ……テーブルマナーは自信があるけれど、それでもとても高級そうで汚さないか少し心配ではある。


 美味しそうな食事はもうすべて並べられていて、部屋には二人きりだ。

 私とセオドアは、隣り合って並んだ。


 ふわふわしたソファはとても座り心地が良かった。


「結婚式はいつやろうか」


 自宅では冷えた食事が常だったので温かそうな食事を嬉しい気持ちで見ていると、セオドアはにこにことしながら聞いてきた。


 昨日のことが夢だったかのような気軽な雰囲気に、ほっとする。

 それに、結婚については私も確認しようと思っていたところだった。


「……セオドア様、私たちっていつ婚約破棄すればいいんでしょう」


「お。ちゃんと覚えてたんだな。偉い偉い。でもしないって言った事は忘れてるんだな。残念無念」


 セオドアは子供相手みたいに私のことを誉めてけなした。


「もう、何ですかその態度は! こちらは真剣ですよ。……私、結婚しないで自立して生きていくんです」


「ガランドに来るって言った時点で、婚約破棄は難しいんじゃないかなと気が付くかなと思ったけれど、全然言ってこないから」


「来てから考えようと思ったんです! まずは王都から離れたかったし、近くに居た方が市井の事も学びやすそうですし」


「その辺がちょっとやっぱり認識が甘いところだよな。可愛い所でもあるけど」


「……痛いところをついてきますね」


 確かに私は生活能力に欠けているし、交渉も弱い。


 ……前世でもそうだったけど、成長していないな。


「確かに自立は大事だ。でも、結婚したからと言って自立していないとは限らない。お互いに利益があり結婚しているのであれば、それはきちんと自分で生きているのと同じだろう」


「……だからと言って、結婚は大事です」


「婚約破棄も離婚も同じだとは思わないか?」


「思いません! 離婚なんて大変なことじゃないですかっ」


「話を聞いている限り、マリーシャは貴族をやめる気なんだろう? 俺は公爵で誰かが口を出してくるとも思えないし、もともと結婚相手すら見つからない程人気がない。二人とも痛手はないのでは?」


 冷静に言われると、確かに私には離婚しても失うものはない。

 家族は嫌がるだろうが、戻る事ももうないし。


「そういわれるとそんな気も……?」


「そうだそうだ。もちろん契約として、君がひとりで生きていけるような知識を提供することは約束する。それでも、君にはここにいてほしいんだ」


「……どうしてですか」


「君がいると、凄く楽しいから」


 目を細めるセオドアは確かに楽しそうだが、これはただからかっているだけだ。私は怒った顔を作った。


「呪いを解くためじゃないですか。騙されませんよ」


「まあ、それは否定しない。でも、君と知り合ってから楽しい事が多い。……というか、君と出会って楽しい事が出来た」


「まったくもう。適当なんだから」


「いつまででもいていいからな。というかしばらくここから変に移動すると危険だぞ」


「えっ。それはどういうことですか」


「俺を呪って殺そうとしているものが、俺の身内をそのまま逃がすと思うか?」


「……それは問題ないです。私がそんな人にやられるとは思えないので」


「たいした自信だ」


 本当にそう思っていたのにセオドアは冗談だと思ったようで、楽しそうに笑った。


「君の両親は、たぶんこのまま結婚してもらった方が歓迎なのでは? 俺の事は嫌いだろうが、それでも最終的には納得したはずだ。婚約破棄で逃げると、結納金の事で揉めるかもしれない」


「それは……」


 セオドアの言葉に私は俯いた。


 家族は私の為にお金を使ってはくれないだろう。今回の結婚も、セオドアが全て金銭的な負担をし、結納金も弾むと言ったからすぐに叶ったのだ。


 家族は利益の為に了承した。

 ……婚約破棄となれば、私は家族からも逃げることになるだろう。

 逃げること自体に問題はないが、気が重いのは確かだ。


 それに家族はセオドアの事を教えてはくれなかったけれど、私をスパイのようにして情報を探れる位置に置いておきたいようだった。

 もちろんそんな事はする気はないが、それでもセオドアにそんな事を知られたくなかった。


「結婚するのは家族に利用されるようで、嫌か?」


「……なんて?」


 私の心を読んだかのように、セオドアが静かに言った。


「大丈夫だ。マリーシャの家族からは、俺が守る。何か情報をと言われても、俺が見張っていて何もわからないと言えばいい。問題ない。君自身には怪しげな魔導具等も仕掛けられていないようだった。君はここでは当然自由に過ごしていいが、家族には手紙を送り俺に捕らわれていることにしておいてくれ」


「そんな事! セオドア様にそんな風に矢面に立ってもらうのは嫌です!」


 私が思わず言い返すと、セオドアは虚を突かれたように目を見開いた。


「マリーシャ」


「私はセオドア様に守ってもらうのは嫌なのです。セオドア様と対等でいたいのです」


 私は強く言った。


 家を出るために、セオドアを頼るしかなかった。

 でも、それは対価を払っている。


 彼に守ってもらってばかりなんて、駄目だ。


「……ごめん。君を守りたいのは、俺の希望だった。君の為のような事を言ってしまった。俺がそうしたかったんだ」


 セオドアは私の手を取り、その手に額を付けるようにして視線をそらし謝った。

 そう言われてしまうと、なんだか私が悪者みたいだ。


「怒ってないです。セオドアさまの気持ちは嬉しいです。……ただ、私は誰かに頼らなければ生きられないのは嫌なのです」


「わかっている。……知っていてくれ、君を護りたい気持ちと君と対等だという気持ちは反していない。共存しているんだ」


 セオドアは真剣な顔で言ったけれど、そんなことがあるのだろうか。

 護りたいということは、対等ではない気がする。


 私が全く納得していない事に気が付いたセオドアが、優しく微笑んだ。


「いいんだ。でも、本当に俺がそう思っていることだけ知っておいてほしい」


「……わからないけれど、わかったわ」


「ははっ。素直で有り難いよ。じゃあ、今日はガランドを知ってもらいたい。一緒に街に遊びに行こう」


「……誰と誰がですか?」


「俺とマリーシャと、あと良ければ君のメイドも」


「えっ。クーレルですか?」


「ああ、君についていてくれているメイドだ。早くここに馴染んでもらいたいな、と」


 セオドアの気遣いが嬉しい。私はすぐに頷いた。

 クーレルは獣人の為、王都では家の外に出すのは家族に禁止されていた。


「クーレルとお買い物ができるなんて嬉しいです! 早く伝えたいわ」


「俺はお金持ちだから何でも買ってあげよう」


「……市井で生きていくためにも、贅沢は覚えません……!」


「はは。なつかない猫みたいだな」


「なんですかそれは。まったくもう、セオドア様はふざけてばかりですね」


「素直な感想だったんだけどな。さあ、デートの準備をしてこよう」

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