第27話 歓迎の花

「本当にこの部屋が?」


「お気に召さなかったかな? マリーシャ」


「いいえ! とんでもない! ……ずいぶん趣味のいい部屋だわ」


 私が案内されたのは、中央にある上等だとわかる美しい彫刻の机が印象的な、上品で可愛い雰囲気でまとめられている部屋だった。


 天井が高く、窓が大きい。

 美しい光沢のリネンは、大きなベッドに広げられている。小花柄の壁紙がかわいらしい。


「俺の部屋の隣だけれど、日当たりもいいし過ごしやすいと思う」


「嬉しいです」


 私の実家の部屋は、大きな問題はなかったけれど特筆するところがない無難な部屋という感じだった。


 ベッドの横にある机の上にはお花が飾ってある。ピンクと白の華やかな花束は、優しいいい香りがした。

 私の為に用意してくれたことがわかって、歓迎されている、と感じて嬉しくなる。


「気に入ってくれたなら良かった。結婚相手の部屋だから豪華なのは当然だが、俺が選んだものも多いんだ。嬉しいよ」


「……お花、ありがとうございます。ここで用意するのは大変だったんじゃないですか?」


「敷地内に温室があるんだ。流石にあまり広くはないが」


「ずいぶんいい施設があるんですね」


「そうだな。魔石の採掘については徐々に進んでいるから、試しながら色々作ってるんだ。平和になった後、この地には何か必要だしな。後で案内するよ。ここでしか手に入らない珍しい花もあるから」


「えっ。セオドア様が案内してくれるんですか?」


 私が意外な趣味に驚いていると、セオドアは気まずそうな顔をした。


「……花には詳しくはないけれど、案内は出来る」


「ふふふ。楽しみです」


 この寒いガランドの地で花が育てられるということ自体意外だった。


 私は聖魔術が得意だ。

 魔術で薬草を成長することもしてきた。きっと花の手入れもできるだろう。

 今後の就職として庭師はどうだろう。


 花を見ながら過ごすというのは、良さそうに思えた。

 今度温室を見せてもらって、考えよう。


「明日からは一緒に食事をしよう。出来るだけ毎日時間を合わせるようにするから」


「一緒に食事……? 私はいつも部屋で食べていたので、部屋で大丈夫ですよ」


 何故彼と私が一緒に食事をするのだろう。私が不思議に思い首をかしげると、セオドアは苦しそうにぎゅっと目をつむった。


「一緒に住むのだから、一緒に食事をとりたいと思ったんだ」


「そういうものなんですね。でもセオドア様は忙しいんじゃないですか? 先ほども言いましたが私はいつも一人で食事をとっていたので、無理しないでもいいですよ」


「無理じゃない」


 きっぱりとそう言い切って、セオドアは私の手を取った。何故かまっすぐにわたしの事を見つめる。


「これからは、家族になるから。俺が、俺だけが」


 家族にはならない。

 結婚しないから。


 そう思っているのに、彼の言葉がまるで懇願のように聞こえ、そう伝えるのはためらわれた。


 結局私は何と言っていいかわからなくて、あいまいに頷いた。


「……呪いが進行しています。自覚症状もあるはずです。今日の夜にでも魔力で呪いの進行を戻しましょう」


「……まだ、大丈夫じゃないか?」


 セオドアは何故か腕を叩いて大丈夫そうだという仕草をした。でも、どう見ても進行している。


 最初に見た時のように死にかけてはいないものの、じわじわと呪いが身体を蝕んでいる。


「もうあれから一カ月はたちます。いくら呪術者がいないとはいえ、呪いの進行は止まりません。……セオドア様なら、知ってますよね」


 呪いに対するセオドアは冷静だった。

 以前呪われたことがあるのだろう、という事を感じさせた。


 かけられた時に九割だった呪われた部分を一割程度まで下げただけで、時間がたてば当然元に戻り死に近づいていく。


 魔力は身体の動きにも影響してくるはずなので、動きにくかったり違和感があるはずだ。

 これを超えると痛みや息苦しさも出てくるだろう。


 思ったより進行していたので本当は今すぐにでも呪いを止めた方がいいが、魔力を使い切ってしまうので夜の方が都合がいいだけだ。


「でも、今日はマリーシャが長旅の後だからやめておこう」


 さらりと言われた言葉にびっくりして目を瞬く。


「大丈夫ですよ。長旅と言っても、セオドア様が用意してくださった馬車はとても快適でした」


「いや、俺が心配なんだ」


「そういう契約なので、行使した方がお得ですよ」


「損得は求めてないんだ」


「えっ。取引なのに?」


「そう。取引だけど」


 セオドアの言葉はさっぱり意味がわからなくて、首を傾げる。


「仲良くなりたいんだ。明日、お願いする」


「わかりました! 私が万全の方が間違いないですもんね」


「……そうじゃない」


 否定の言葉の意味がわからなくてじっと彼を見つめたけれど、何故か顔をそらされて、それ以上言葉は帰ってこなかった。

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