第26話 ガランド
「ようこそ、ガランドへ」
馬車を開くと、セオドアがドアを開けてくれた。
筋骨隆々とした騎士やメイドが彼の後ろに並ぶ。噂通り王都では見ない獣人らしき人も目に入る。頭を下げているので、はっきりとはわからないが。
「わざわざお出迎えして頂き、ありがとうございます」
差し出されるセオドアの手にそっと自分の手を重ね、馬車を降りる。
途端にひやりとした空気を感じ、身体が震えた。
頬に感じる冷たい風が、知らない土地にやってきたという実感に変わる。
まずは、第一歩だ。
「長旅お疲れ様。ガランドに来てくれて、ありがとうマリーシャ」
毛皮でできたマントをかけられそう微笑まれると、本当の婚約者みたいな気持ちになってしまう。
すっかり歓迎されているような。
包まれたマントは、セオドアの体温が残っていて暖かい。
慌てて目を逸らすと、セオドアの従者であるラジュールが胡散臭そうな目で私の事を見ていて何故かほっとしてしまう。
通常運転だ。
「いえ。道程もとても楽しかったです。段々白くなっていく景色が、素敵でした」
実際雪を見るのは初めてだった。
一週間馬車に揺られて、どんどん変わる景色を見ていたらあっという間だった。
ガランドは山深く、木々に雪が積もっていて朝は光が反射していてキラキラとしていた。
空気も澄んでいる気がする。
「気に入ってくれてうれしいよ。雪の時期が長いから。……さぁ、ここが今日から君が暮らす家だ。部屋まで案内しよう」
「これって、お城ですよね……」
馬車からも見えていたが、王城と遜色がない程の石造りの立派な城だった。領主の家とはいえ、城だとは思っていなかったのでびっくりしてしまう。
これだけでこの地がかなり重要だとわかる。
「もともと国境でもあるし、魔物も多いからこの城であることのメリットは大きいんだ。もともと直轄地だから王族がここに滞在することも多かったらしい。俺が来てからは俺しか来ないけど」
「かなり安定して護っていると聞きました」
「そうだな。獣人を積極的に受け入れた結果、かなり軍事力も上がったし、俺の功績だな」
「自分で言うと急に胡散臭く思えますね」
「まあ、他に誰も言ってくれないから仕方がない。独り言みたいなものだ」
「……本当の話ですよ。セオドア様の功績は偉大なるものです」
急に後ろから声が聞こえて、びっくりして振り返るとラジュールが半眼でこちらを見ていた。
「セオドア様は売り込み方が下手すぎです! 売り込んで欲しいわけではもちろんなくマリーシャ様はお帰り頂いても当然いいのですが、セオドア様の功績は本物ですよマリーシャ様!」
なんだか勢いの凄いラジュールに力強く言われてしまい、思わず何度も頷く。
「その通りです。セオドア様は素晴らしいです」
私が同意の言葉を発すると、ラジュールは誇らしげにゆっくりと頷いて早口で喋り出した。
「そうなんですよ。獣人を受け入れたのだって、どれだけ大変なことだったか! それでも今や彼らも私たちも、まったく違和感がなく暮らせているんですよ! 獣人への意識改革の手腕は本当に信じられないぐらいで、今やここは一番革新的な街となっているのです!」
「そうですね。本当に、偏見を払っただけでも凄いと思います」
「まったくです。なのに王都に住む者たちはこぞって……ぐえ」
いつの間にかすごく近くに居たラジュールがセオドアに首をつかまれ、アヒルのような声を出した。
「マリーシャに近すぎる」
「あわわ。セオドア様駄目ですラジュール様が大変なことになっています!」
「まったく、恥ずかしいからやめろ。それにマリーシャは帰らせない。俺の花嫁だぞ。余計な事を言うな」
「ううう。すいませんセオドア様……」
謝りながら苦しそうに首を抑えていたラジュールが、私の後ろを見て目を見開いた。
「……マリーシャ様のご出身は王都だったのでは?」
「そうです。私は王都から今まで出たことがないです」
「それなのに、専属メイドが獣人なのですか……? それともこの地に来るのに新たに雇ったのですか?」
後ろにはクーレルがついてきていた。
彼女はぱっと見人間のようだが、よく見ると小さい角がついているし耳の形も違う。
そのあたりはメイド服を工夫すれば隠せるが、瞳孔の形が違うのはどうにもならずメイド仲間たちからは遠巻きにされていた。
山羊かな? とは思っていたが、彼女は親の記憶がないまま売られていたのでわからない。
「彼女は昔から私の専属で、とてもいい子なんですよ。獣人との関係がいいのは、嬉しいです。彼女が自分らしく居られるガランドにこられて、良かったわ」
私は本心からそう言った。王都での差別については、言いたくなかった。
「そうですか。……獣人はとても多く、危険は多いものの皆生き生き暮らしています。ここは息が吸いやすいとメイドにもお伝えください」
「ええ、もちろん。直接伝えてくれてもいいわよ。可愛い子だからって、悪いことは考えちゃ駄目ですよ」
私が真剣な気持ちで注意したのに、何故かため息をついて、ラジュールは私に礼をとった。
「歓迎いたします、マリーシャ様」
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