第20話 何目当てなのか

「気をつけます」


「一緒に住むマリーシャがわかりやすくて嬉しいけどな。ガランド領は聞いての通り獣人も多いし城の中は騎士仲間も多い。貴族らしい雰囲気ではないかもしれないから」


「私はその方が助かります。ずっと家族との関係も希薄でしたし……気軽に話せる関係はうれしい、です」


「そうか……良かった」


 そう笑ったセオドアは本当に嬉しそうで、私は慌てる。


「で、でもある程度の期間を開けての婚約破棄ですから!」


「婚約破棄なんてしないって言っただろ」


「だって、そんな……全然知らない人ですし」


「貴族同士の結婚ならそれもおかしくないだろう?」


「……それは」


「今だと振られそうだから、返事は後で聞く事にしよう」


 私が答えられずにいると、セオドアは冗談めかして笑った。

 この話は終わりだというような彼に、私は思わず聞いてしまう。


「なんでセオドア様は私と結婚しようと思ってるんですか? 呪術師がまだ見つからないにしても、私は契約を反故にして逃げたりはしません。私は婚約破棄されたばかりだし、魔術は使えないし、家だって多分私の結婚の為にお金を出したりはしませんよ……」


「それは、俺が何目当てかって事?」


 ストレートに聞かれて戸惑うが、頷くと、セオドアは可笑しそうに笑った。


「さっきも言ったけれど、それはもう、マリーシャ目当てだ。 俺はマリーシャの事が気に入っているし、もっと知りたいと思ってる。マリーシャは俺に対してそういう感情はまったくない?」


「なっ、なにを言ってるんですか。二回しか会ってないのに……」


「そう。今日で三回目。でも、あの時に諦めるなと言ってくれたマリーシャの言葉は、俺には凄く響いた。あの言葉に力を得て、動く事が出来ている。だからこそマリーシャの事も助けたいと思ったんだ。……それじゃ、駄目かな」


「……駄目じゃ、ないです。でも……」


「なにか事情があるのはわかる。俺もごたごたしてて、こんな風にかっこいい事言っていても呪われているし状況は悪い。でも、マリーシャを巻き込まないようにするし、一緒にいて楽しく過ごしたいと思っている」


 軽い口調で言っているセオドアの言葉は、本心からだという風に響いた。

 私を見つめる目は真剣で、信じたくなる。


「……まあ、わかったわ。わかった事にする! ああもう、どうしてこんな事になっているのかしら」


 私はため息をついた。前世を思い出してからすべての展開も早くて感情もめちゃめちゃだ。


 私の決意はどろどろに弱い。


「マリーシャは面白いな」


 全くよくわからないが、セオドアは楽しそうに笑った。


 *****


 セオドアのおすすめだというカフェに着く前に、私は気になっていたことを聞くことにした。


「念のため、条件を確認してもいいですか?」


「何の条件?」


「呪いを遅らせることの交換条件についてです。きちんと話しておきたいなと思いまして」


「そうだな。えらいえらい。ちゃんと考えてるな」


「もう、また子ども扱いして! ……もう解呪できる人は見つかりましたか?」


「いや、残念ながらまだ見つかっていない」


「そうしたら、私はガランドに行く事になりますよね?」


「そうだ。婚約も成立した事だし、正式な婚約者として来てもらう。まずはマリーシャをすぐにガランドによんでもいいか? そろそろ情報も集まったから領地に戻りたいんだ」


「えっ。願ってもないことです」


 この国では婚約期間に相手の領地に行って相手のことを学ぶ事は珍しくない。早く行きたいとは思っていたけれど、こんなに早くとは思っていなかった。


「そんな前向きだとは思わなかったな」


「もともとここ以外に行く事が希望だったって言ったじゃないですか」


「それは聞いていたけれど、ガランドの地を嫌な人も多いから……」


 後ろめたそうにセオドアが言う。

 確かに義母や義妹の反応を見るにガランド自体の評判は良くないのだろう。


「でも私は気にしませんよ」


「……後出しばかりで、ごめん」


 セオドアはしゅんとした様子で頭を下げた。あの時には自分の身分を明かせないと言っていたし、仕方がないと思う。


「それで条件なのですが、ガランドに行くだけではなく、私が自立できるように支援してもらえませんか? 一人で生きていけるような」


「それくらいは当然任せてくれ。いい教師をつけよう。どういう方向で自立できるようにしたいかは、後でまた聞かせてくれ……できればガランドが気に入ってずっといてくれると嬉しいのだけど」


「さっき、返事は聞かないって言ったばっかりなのに」


「ついつい焦ってしまうんだ。欲しいものがあるって不思議だな」


 すぐさま頷いたセオドアに笑ってしまう。

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