第21話 契約だから

 王都は確かに私が育った街で、前世でも大事にしてきた。


 でも、この街に住んでいるハインリヒも家族も私のことを好きじゃなかった。

 彼らは力があるとわかれば、簡単に私のことを利用するだろう。


 でも、もう私は裏切られる絶望を、感じたくはない。彼らに私の前世を知られ前に離れる必要があった。


 それにつらいばかりになってしまったここから離れられるのは、嬉しい。

 それがどこだとしても。


「でも、本当に良かった。ガランドの地は貴族からは嫌われているし、危険度も知っての通りだ。マリーシャが俺の事を知らないみたいだったから黙っていて悪かったけど、社交界では広まっている醜聞もある。……申し訳ないぐらいに条件が良くない。本当に来てもらえるか、心配だったんだ」


 秘密を囁くように、セオドアは声を潜めた。


「醜聞とは実際どんなものなのですか?」


 気になって聞くと、セオドアは露骨に嫌な顔をした。


「普通そういうのって本人には聞かなくないか?」


「私が行くパーティーではそんな話聞かなかったんですもの」


「王太子妃候補が居るとこじゃ、確かにそんな話は出ないな……。まずは顔だ。顔が醜いために、家族が人前に出すのを嫌がり隠されている」


「セオドア様のお顔はとても整っていますよね。ブルーグレーの髪がとても印象的ですし、少し野性味のあるお顔と鍛えられたお身体は、女性人気が高そうです」


「……急に褒められると心臓に悪い」


「えっ。本当の話なのに」


 なにか失礼があったかと驚いたが、セオドアはただ眉を寄せた。


「いや、そうだな……。後は、女遊びが激しい、だな」


「人前に出れない程醜いのに女遊びが激しいって矛盾してませんか?」


「それは金を出せば……ってそんな話ではない」


「実際セオドア様はとても格好いいので、遊んでても確かに問題はなさそうです」


「問題大有りだろう。それに遊んでない。……これは本当に」


「そうなのですか?」


「そうだ。……マリーシャは今の話を聞いてどう思う?」


 じっとこちらを見つめられても、質問の意図がわからなくて首を傾げてしまう。


「噂は当てにならないなと思いました」


「……気にならないか? そんな男との婚約は」


「気になりませんけど。嘘ですし。でも、どうしてそんな噂が?」


「マリーシャは、こういうのを気にしないんだな。醜聞は嫌がらせの一環だ。後は世間からは離れて暮らしていたから、噂を撤回する場面もなく、広がってしまったんだろう」


 気にしていないと笑う彼に、胸が痛くなる。


 事情は分からないけれど、きっと本人の意思からではないのだろう。

 私にも親切で、危機的な状況の中で私の話をすぐに信じてくれた彼が、こんな噂をされている状況は悲しい。


 セオドアの袖をつかみ、私は提案した。


「パーティーに出ませんか?」


「マリーシャは唐突だな。何か行きたいパーティーがあったのか? あ、婚約パーティーを開きたい? こちらでも俺が持っている屋敷はあるから出来なくはないし、金銭的にはもちろん俺が負担するから盛大にしてもいい」


「私は特にパーティーに興味はないですが、セオドア様がどんな方なのか知ってもらった方がいいと思いまして!」


 私の言葉に目を見開いたセオドアは、一拍置いてクスッと笑った。


「それって俺の為?」


「セオドア様が誤解されたまま領地に戻らなければいけないのは悲しいです。ガランドの地での戦果だって、もっと評価されていいはずです」


「……ありがとう。マリーシャにそう言ってもらえただけで嬉しいよ」


「セオドア様」


「評価があると、逆に今は良くないんだ。……マリーシャもこんな婚約者だけど、気にしないでいてくれてありがとう」


「わかりました。それ以上は言いません。お互い傷物同士って事で、相殺ですね」


「大分俺の方がマイナスは多いけど、その分大事にするから」


 夢みたいなことを言って、セオドアは優しく微笑んだ。


「……契約ですから」

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