第18話 婚約成立
「それは反対です!」
それまで黙っていた兄が強い口調でセオドアの言葉を否定する。セオドアは条件が良さそうだから不快なのだろうか。
「ガーラン様。何故反対なのでしょうか? 私とマリーシャ様であれば家格的に問題はありません」
「ガ……ガランドは危険な地です。そんな所に可愛い義妹を嫁がせることはできない!」
「可愛い義妹……ですか」
急に冷たい目で兄を見下ろし繰り返したセオドアに気圧されたのか、兄が下を向く。
「可愛い義妹に対して、あなたの父はファラー伯爵やミダッタ子爵との結婚について考えていたようですが。侯爵でありながら、彼らの人となりについて知らないとでも?」
「そんなのは家族の問題だ。あなたに指図されることでない。ともかく義妹をそんな場所にやることは出来ない。反対だ」
吐き捨てるように兄が言うが、セオドアは気にした素振りもなく、意味ありげににやりと笑った。
「そうですね……ガランドは危険だ。特に私に何があったか知っているあなた達であれば、そう思うかもしれませんね」
「……公爵について私は何も知らない」
「ご了承いただけますよねライガルド侯爵。私は争いを好みません」
何かを含んだような言い方をしたセオドアだったが、正しく父と兄には伝わったようだ。
不快そうな顔をしつつも、父はうなずいた。
兄は悔しそうに俯き、義母と義妹は私と同じようにそのやり取りに驚いた顔をしている。
「……もちろんです。娘との婚姻、お受けいたします」
父が呟き重い空気が流れる中、セオドアは私の手をとり、跪いた。
「良かったです! ご家族のご了承も頂けましたので、マリーシャ様、今日はこのまま帰りますが、明日一緒に食事をとり親交を深めましょう。了承して頂けますか?」
「……はい。よろしくお願いします」
いたずらっぽく微笑む彼に戸惑いながらも、私はゆっくりと頷いた。
「ふふふ。これで正式に婚約成立ですね」
セオドアは嬉しそうに笑い、高々と宣言した。
家族が皆押し黙って見ている中、しらじらしい雰囲気で私とセオドアの婚約は成立した。
*****
「まったく、あんなのは騙し打ちだ!」
セオドアが去った応接で、父はイライラとした様子で怒鳴った。大きい声に肩がビクリと震える。
「まったくです。……父上、ハインリヒ殿下にどう説明したらいいのです!」
「……仕方がないだろう。ああ言われて断るすべなど我が家は持っていないのだ」
「それに、我が家の関与すら知っているという素振りでしたが……」
「……早急にハインリ殿下に相談しよう。何故、こんなことに」
「勝手に決めたと言われないでしょうか」
「そこは事情を分かって頂くしかない」
父と兄が厳しい空気で言いあう。
「あの、ハインリヒ殿下とセオドア様は、どういった関係なのですか……?」
どう考えてもいい関係ではなさそうで、思い切って父に尋ねる。
セオドアは公爵という爵位を賜ったばかりだし、ハインリヒが王になる事は決定事項として聞いてきた。
なのになぜここまで警戒しているのだろう。
こういう場面で口を出してきた事がなかったので、驚いたようにこちらを見る。
「……お前に教える事などない」
父はそういったが、兄は何かを思いついたようににやりとした。
「まあでも、ガランド公爵が望んだのはハインリヒ殿下が捨てたマリーシャですから、そこまで気分を害したりはしないでしょう。それよりも上手く入り込んで情報を流してもらった方がいいのでは?」
「確かに……いや、わざわざガランド公爵がここにきてマリーシャを願ったのだ。何かが怪しい。ハインリヒ殿下に相談してからのがいいだろう」
「迂闊に動くのは危険かもしれませんね」
父と兄は不安そうに頷いた。
「お父様、お兄様、お姉さまの結婚に何か問題がありますの? ハインリ殿下に不都合なのでしょうか」
カノリアが眉を下げ心配そうに言う。
ハインリヒの名前が出たことで、不安になったのだろう。
兄が優しく微笑みながらカノリアの隣に座り、彼女の肩を撫でた。
「心配しなくても大丈夫だよ。ガランド公爵は野蛮だから、ハインリヒ殿下に害をなすのではないかと心配しているんだけだ。王となるハインリヒ殿下に可愛い義妹が嫁に行くのだ。ハインリヒ殿下の不利益になるような男と繋がるのが……心配なのだ」
「そうだ。いくら公爵とは言え、野蛮な噂は本当だ。今までずっと社交界から離れていたくせに、急に現れ……さらには我が家にまで影響を与えようだなんて。非常に不愉快な男だ」
「まあ、お姉さまがそんな方と結婚だなんてお気の毒だわ」
「ハインリヒ殿下に捨てられたのよ。仕方ないわ」
「そうだ、カノリアは優しいな。だがマリーシャはハインリヒ殿下に捨てられたのも、魔術が使えないからだ。本来ならばすぐに家から追い出されるところを、結婚できるのだ。マリーシャにはそれだけで十分だ。もっと役に立つ人間と結婚してもらいたかったがな、マリーシャ」
父は私に目を向けたが、どうして私が頷くことができるだろう。
黙っている私に、父は目障りだからと自室に戻るように言った。
自室のベッドに横になると、どうしようもなく虚しさが押し寄せてくる。
なかなか寝付けない私は、セオドアの手紙を何度も見て時間をやり過ごした。
固定の魔法が使えて良かったと、思った。
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