第11話 弱くなりそうな心

「では、正式な婚約破棄になったら連絡をくれ」


「……どう連絡を取ればいいでしょうか」


「そうだな。本当は毎日会いたいところだが、君に婚約者がいる今外聞が悪いだろう。これを使ってくれ」


 何でもないように渡されたのは、手紙の魔導具だ。魔力を流すと特定の人のところに行くというオーダーメイド品で、緊急用に使うことが多く値段も高い。


 作れる人も限られるらしい。私も作れる。

 相手の魔力を知らないといけないので、会ったことのない人には送れないけど。


「ずいぶん高価な連絡ですね」


「そうだな。君と私が婚約したことを今は周りに知られないほうがいいだろう。……家名も、申し訳ないがまだ教えられない。今私に何かあった時に、君が知っていると危険が及ぶかもしれない」


「そうかもしれません。問題ありませんよ。セオドア様は気を付けてください……」


 当然だと私が頷くと、セオドアは眉をひそめた。


「……マリーシャ。こんな不確かな提案をすぐに受け入れるのは良くないぞ。自分でも行っていただろう、騙されやすいって。家名も教えないとか、このまま逃げられるかもしれないじゃないか」


「そんな事ありませんよ逃がしませんもの」


 子供への注意のようなセオドアの口調が悔しくて、ついむすっとしてしまう。セオドアは何故か心配そうな顔をしている。

 本当に見つけようと思えば、どこに逃げたってすぐに見つけられるのに。


「逃げる気はもとよりないけどな、気を付けて欲しい……。それよりも俺の方がマリーシャに逃げられないか心配だ」


「大丈夫です。私は家から出たいので」


「今日家に戻るのは大丈夫か? 問題があるんだろう? 何か手助けできることがあれば遠慮なくいってくれ」


「……戻ります。今日、家族に婚約破棄になるだろうことを報告しなければいけないので……」


 この後家族と会うのは気が重い。そこでハインリヒとのことを報告しなければならないのだ。私が暗い顔をしていると、セオドアは私の頬を撫でた。


「距離が近くないですか……?」


「婚約者が暗い顔をしていたら、俺だって心配になる」


 そんな冗談みたいなことを言いながら、その目はまっすぐに私のことを心配していてどうしていいかわからなくなる。


「大丈夫です。……連れ出してもらえると思えば、元気もやる気も出ます!」

「ああもう……すぐに連れ出してやりたいぐらいだ。つらくなったらすぐに呼んでくれ」


 知り合ってすぐの婚約者の言葉は、何故か甘く響く。そして心強い。

 必ず約束が守られるような気がする。


「ありがとうございます……。呪いについては、今ある症状を抜いただけなので1カ月もすればまた問題が出てくると思います。後、知っているとは思いますが、魔術を使えばそれだけ呪いが悪化します」


「呪いは魔術を封じるのはわかっている。……不便だよな」


「呪いを気にしなければ使えますよ。それに私は魔術が使えませんので」


「ぶはっ。そうだったな」


 セオドアは笑って私の頭をガシガシと撫でた。髪の毛が乱れるのを直し、子ども扱いへの抗議のつもりで彼をにらむ。


「そんな可愛い顔で見られても。せっかく騙されてあげているんだからそのままでいてもらえ」


「いてもらえって。私、騙してませんし」


「そうだったな。……じゃあ、お互い面倒なことを片づけてこよう。といっても俺は……きちんと片付くことはないから、領地に戻ってからもしばらくごたごたすることになると思う。申し訳ないが、了承しておいてくれ」


 セオドアは私が魔術を使えない事を全く信じていない。

 ……使って言うところを見られたから当然だが、警戒しなくては。


「大丈夫です。……それに、結婚しないかもしれないですし」


「するって言っただろう? なるべく巻き込まないようにするから。……俺はかなり条件が悪いが、許してほしい。何かあれば、必ず君だけでも助けるのを約束する」


 あんなに強力に呪われるという事は、彼はかなりのトラブルに巻き込まれていることは、わかる。

 セオドアに優しく真摯な声で告げられて、困った私はゆっくりと頷いた。


 誰も信じない。

 そうすれば騙されないし、利用されない。


 魔術は自分のためにしか使わない。


 ……なのにセオドアのことは、なんだか信用できるかもしれない気になってしまっている。


 彼とは利用して利用される対等な関係だと反芻する。

 こんな風な雰囲気は危険だ。


 自分の心の弱さを振り切るように、私はぎゅっと目をつむった。

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