第10話 結婚しない……よね?
自分を叱咤するように、そう心の中でつぶやく。
この後は一気にいく。
私の豊富な魔力を、セオドアに一気に流す。
「……っ」
流石にきつかったのか、セオドアが握る手に少し力がかかる。でも全然痛くない。
精神力がすごい。
私も、全部の魔力を流さなければ足りなそうで集中する。大口をたたいて失敗するなんてことはできない。
……それに、長く続く苦痛はかわいそうだ。
セオドアに当てている手が熱くて痛い。額には汗が流れる。魔力で呪い部分を一気に流さなければいけない。
どんどん魔力を流すので、魔力不足で視界がグラグラとしてくる。
「終わりました」
それでも、ほぼすべての魔力を使ったところで、終わることができた。私は安心して息を吐き、流れた汗を手で拭う。
セオドアはもうこれでしばらくは大丈夫だ。
「マリーシャ」
「もう魔力が足りなくて鑑定はできないですが、広がった呪いをいったん押し流しました。根本解決にはならないですが、これでしばらくは問題なく過ごせるでしょう」
「マリーシャ、大丈夫か」
「大丈夫ですよ。もう、私の事を信じてたんじゃないんですか? 呪いはしばらく大丈夫です。この間に呪術師を探せると思います。安心してください」
何度も名前を呼ばれ、軽口ばかりだったセオドアもやっぱり心配だったんだなとちょっとおかしくなる。
成功してよかった。
そう思っていると、上半身を起こしたセオドアがするりと私の頬を撫でた。
「凄い量の魔力が流れた。……こんな事をして、マリーシャは大丈夫なのか」
「え……?」
「あんなに魔力を使っただなんて、命を削ったんじゃないか? こんなことなら呪術師をよんだのに!」
慌てたように私の様子を探るセオドアの言葉が理解できない。
「いや、結果論ですが、今すぐ対応しなければたぶんもう助からないレベルの呪いでしたよ。それに魔力は豊富なので、どうぞお気になさらず」
「……そんなに危険な状態だったのか。進行度合いまではわからなかった。感謝するマリーシャ。本当にありがとう。君と会えたことは幸運だ」
深々とセオドアが礼を取る。それを見て、ラジュールも同じように頭を下げた。
「主を助けていただき、ありがとうございますマリーシャ様」
「い、いえ。私は契約さえ守っていただければ!」
二人から感謝され、慌ててしまう。
下心があるのだ、
「それはもう、もちろん。契約は忘れていない。契約書でも書こうか?」
セオドアに当然とばかりに頷かれて、私は大事なことを言い忘れていたことに気が付いた。
私に恩を感じてそうな今、言ってしまおう。
「後から条件を足すようで非常に心苦しいのですが、私、魔術は使えません。それで婚約破棄されたのです。セオドア様のご家族からも婚約者としては不十分という評価を受ける可能性が高いです。でも約束は守ってください」
強い気持ちで不利な事を言う。
それでも後ろめたくてセオドア顔を見ることができない。
「魔術……使ってたよな?」
「私、魔術は使えません。本当です」
「わかった。それでいい」
納得できるわけがないと思ったのに、セオドアは事情も聞かずに頷いてくれた。
その素っ気ない返事に、逆に心配になり言い募ってしまう。
「……魔術が使えないので、私と婚約すると大変な騒ぎになるかもしれません。ごめんなさい。使えないんです」
「何故そんな風にあやまるんだ? 俺は魔術の力なんて求めてない。マリーシャを領地に花嫁として迎えられて、俺は嬉しい」
「えっ。結婚はしませんけど? ここから離れた場所で私が自立する手助けをしてもらう約束ですよね?」
「いや、結婚しようじゃないか」
「そんな契約じゃありません」
きっぱりと言ったのに、セオドアは余裕の顔で続けた。
「呪いのレベルが高すぎて、この呪いを解く呪術師は探すのが難しい。しばらく呪われたままだろう。だから君がいてくれると助かる」
「だからといって! 結婚する必要なんてないです! 婚約者候補としてどこかの領地に連れて行ってもらえれば」
「マリーシャが言ったのは『実際に結婚しなくて構いません。私を逃がしてください』だ。それは結婚してもいいって事だろう?」
「!!!」
「それに、この呪いが解けなければどうせ俺も魔術を使えないんだ。魔術が使えない者同士、仲良くやろうじゃないか」
呪われている状態で魔術を使うと呪いが進行してしまう可能性が高い。
確かにセオドアも呪いが解けるまでは魔術が使えない。
どちらも不良物件だ。
「この国で魔術が使えない夫婦だなんて……」
「立場も能力的にもすっかり弱い夫婦になるな」
まったく弱そうに見えないセオドアは、そう言って何故か嬉しそうに笑った。
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