第12話 家族への憧れ

 自室のベッドの端に座り、私はじっと食事の時間を待っていた。

 こうしていつも通り部屋にいると、先程までの事が全部夢のような気がしてくる。


「ハインリヒ殿下とは婚約破棄になるだろうけど……この家を出るのは本当に正解なのかしら……?」


 父が王城より帰宅し家族で食事をと言ったときに、もう昼間の事が父に伝わっている事がわかった。

 私が家族で食事をとる事など、なかったから。


 長年家の役に立てと言われてきて、期待に応えられなかったと、どう伝えればいいのだろうと思っていた私は、自分から言う必要がなかったことに少しほっとしていた。

 でもどうしても、家族に申し訳ない気持ちと失望されたくないという思いが染みついて離れない。


 もう利用されないように生きたいと強い気持ちがあったのに、家に戻ったらあっという間にしぼんでしまった。


「もしかしたら、それでも家に居ていいと言われるかも」


 結婚しなくても、家に居て良いと、これからは自由に過ごしていいと言ってくれる事だってあるのかもしれない。


 ハインリヒはカノリアの事が好きだったと言った。


 家族は私に同情的になるかもしれない。

 カノリアは、ハインリヒの婚約者でなくなった私には攻撃はしないだろう。


 そうしたら、セオドアの呪いには解いてあげて魔術については口封じを願おう。


 前世では仲間も家族も、誰も私の事を必要としていなかった。

 家族は私を売りお金を得て、仲間だと思っていた人は平和な国に私は必要ないと言った。


 ……今の家族も、私の事を必要としている気はしていない。義母と義妹は王太子の婚約者候補になった私の事を憎んでいる。


 兄は私に興味はないし、父は王太子の婚約者としての私に価値を見出しているだけ。

 それでも、自分から捨てていいのだろうか。


 もしかしたら、魔術が使えない私でも、優しくしてくれるかもしれない。


 妃になる為の教育を受けていないカノリアのように、自由に家族と触れ合う時間を持てるかもしれない。

 もう、私は妃教育などいらないのだから。


 前世では手に入らなかった家族。

 私はまだ希望が捨てられず、利用されないようこの家から逃げ出すという意思はほぼ消えてしまっていた。


 *****


「マリーシャ、ハインリヒの殿下に魔術が使えなくなったと言ったというのは本当なのか」


 その晩、久しぶりの家族が揃った晩餐で、怒りを隠しもせずに父が問いかけてきた。私はうなだれたまま、じっと手の付けられていない食事を見た。


 想像していたものの、実際に聞く父からの失望の言葉は苦しかった。


 私が黙っていることでさらに怒りをかってしまったのか、父はその感情のままに私に向かってグラスを投げつけた。

 投げつけられたグラスは私の頭に当たった。


 頭からワインがかかり、顔を伝っている。

 冷えたワインが父からの失望を伝えているようで、胸が痛い。


「この役立たずが!」


「……申し訳ありません」


 零れたワインで私の食事もドレスもめちゃめちゃだったが、私には反論できるはずもない事はよくわかっていた。


「魔術が使えないというのは本当なのか」


「……本当です」


「お前が婚約者になってから、どれだけ時間と金をかけたと思っているんだ。お前にはがっかりだ」


 冷たい目で、父が私の事を射抜く。


 ……前世の記憶がなかったら、私のすべてだった家族に否定され今頃倒れていただろう。前世の記憶は、少しだけ私と家族に距離を置いてくれた。

 少しだけその事実に助けられる。


 それでも、見限られたという気持ちは私の中に深く沈みこむ。


「申し訳ありません」


 私はただ同じ言葉を繰り返すことしかできない。


 私が今は魔術が使えないという事実はかわらないのだから。

 それが、私が決めた事だとしても。


 父から蔑むような目で見られた私は、本当は魔術が使えると言って縋りたくなるのを抑えるのに必死だった。


「何故私に相談してから殿下に言わないんだ。その位の頭もないのか」


 父は心底不快そうに吐き捨てる。


「マリーシャにはもともと荷が重かったのでは? 私が苦労して手配した魔術師団長に直々に魔術を教えて頂いた結果がこれですから」


 兄がその様子を見て冷たく言い放った。隣に居るカノリアも、残念そうに頬に手を当てた。


「お義姉さまは仕方ないですわ。そもそも魔力が多いだけで魔術は下手でしたし、妃には向いていなかったのです。ハインリヒ殿下だって、可哀想でしたわ」


「その拙い魔術でさえ使えないなんて信じられない。我が家から魔術も使えないものが出るだなんて、恥ずかしいわ。婚約者にしたって、カノリアは魔術が得意だから、魔力で多少劣ったところで関係がなかったのに」


「もう、お母様。でもそうなんですよね。私は魔術はハインリヒ殿下にもお褒め頂くし、魔力で劣っているといってもほんのちょっとだったのに」


 義妹と義理母が微笑みながら頷く。


 誰も私に同情すらしていないのは明らかだった。

 むしろいい気味だと思っているように、くすくすと笑っている。


 カノリアは確かに魔術に長けている。魔力の量の差はほんのちょっとの差ではないものの、一流の魔術師になれる素質はある。実際宮廷魔術師の試験にも合格したばかりだ。


 父はそんな二人を見て、微笑んだ。


「大丈夫だよ。カノリアの努力が実るように、尽力してきたから。今日からハインリヒ殿下の婚約者はカノリアだ。婚約者候補じゃなく、ね」


 私はその言葉に、目の前が真っ暗になる。


 わかっていた。

 こうなるとちゃんと知っていたのに、現実になった事実に私は苦しくなった。

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