第7話 同じ絶望

 死んで楽になるだなんて、彼はどれだけ今まで大変な目にあったのだろう。

 利用される虚しさや絶望は自分が良く知っている。


 彼だって、諦めているわけじゃない。

 どうにもならないだけ。


 無力感にさいなまれている人に、私はなんてことを言ってしまったのだろう。


「ごめんなさい……」


 謝った後に、彼に必要な言葉はこれではないと気が付いた。

 私も利用される人生は嫌だ。そう思ったばかりだ。


 私だって、彼と同じだ。

 諦めを宿している彼を、じっと見つめる。


「弱気にならないでください。私は人生を諦めたくない。あなたもそうでしょう? だからそんな風に笑うのも駄目です」


 私がそう強く断言すると、彼は目を大きく見開いた。


「私だって、利用されて騙されてばっかりだった。でも、これからはそうならないって決めた。誰かに影響されない、自分の人生を手に入れるって。あなただって、そんな風に諦めないで。呪われたからって、そんな風に言わないで……」


 何故か懇願するように彼に言いながら、私の目からは涙が零れた。

 無力を感じて諦めてしまいそうな彼が可哀想で、自分を見ているようだ。


「……お嬢様は、自分の人生を歩んでいないのか?」


「今は……そうです。ううん、今までだって……でも、変えようと思って、そう決意したところだから……。でも、もう自分の人生を歩むと決めたの。誰かに騙されたり利用されたりしない、そんな人生を手に入れるって」


 思ってもみない質問を真剣に問われて、私はしどろもどろになってしまう。

 でもそう、もう決めたのだ。


 前世ではずっと、みんなの為だと思って行動してきた。

 孤児だった私は、聖女として生きることが使命だと、そう言われて信じていた。


 それで、結局は力が強大すぎるという理由で殺されてしまった。

 今生ではハインリヒの為と家の為にと頑張っていた。


 それでもハインリヒは義妹を選んでいたし、ずっと家族の冷たさからも目を背け、ただ頑張っていればいつか報われるとだけ思っていた。


 私は何にも自分で決めることをしてこなかった。ただ、境遇に流されて生きてきた。


 自分の為に何もしてこなかった結果が、これだ。


「君は、きっと俺と似たような境遇なのに、諦めていないんだな」


 言い訳のような言葉しか出てこない私の涙を、彼は笑って拭ってくれる。その手は弱弱しく震えていたけれど。


 そして、そのまま自信ありげに微笑んだ。


「騙されないように、か。確かにそうだ、俺は半ば諦めていた。君の言う通りだったな。……なんだか、凄く力をもらったよ。俺も、諦めていないよ」


 場違いに嬉しそうに笑う彼に、私はなんだか心臓がぎゅっとなった。

 そんな風に言ってはいるものの、呪いは強力でこの男はもうすぐ死んでしまうだろう。


 ……私は、彼を助けられる。

 そして、決断した。


 彼に利用されて、利用するのだ。それなら、きっと対等だ。

 一方的に助けたり利用するわけじゃない。

 もちろん彼を信じたわけでもない。


 でも、このまま彼を死なせてしまったらきっと後悔する。……前世の私みたいな絶望を彼から感じたから。


 そう、これは取引だ。


「あなたに婚約者はいますか」


 唐突すぎるはずの私の質問に、彼は苦しそうにしながらも答えてくれる。


「なんだ急に……いるはずがない、命の危険がある俺の婚約者なんかになったって不幸なだけだ。最後の言葉でも伝えてくれようとしたのか? 残念ながら、もう死ぬ気はないぞ。君が諦めるなといったばかりじゃないか」


「もちろん誰かにあなたの最後の言葉なんて伝える気はないです」


「じゃあなんだ。……申し訳ないが、話している時間が惜しい。部屋まで連れて行ってもらえないか? 少しでも呪いを遅らせられるように、人を呼ばなくては……」


 私の言葉を訝しみながら、しかし彼は気丈にも立ち上がろうとした。

 すぐに切り替えた彼は強い。その強さが心強く、嬉しくなった。


「部屋に戻れば、すぐ呪いに対処できそうですか?」


「……ここに居るよりはいいだろう。それに、人前で俺のことを襲うほどの馬鹿ではない。君がいれば、少なくとも無事に部屋に戻ることはできる。助かったよ」


 彼の言葉は、私の言葉を否定していた。それでも、もう諦めの見えない表情でにやりと笑った。


 私は、ごくりと喉を鳴らす。


 これからやることは間違いじゃない。彼は私の事を騙さない。信じていないから騙されない。大丈夫。

 彼のグレーの瞳をじっと見つめ、私ははっきりと言った。


「呪いを遅らせるのは私がやります。だから、私の事を婚約者にしてください」

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