第4話 婚約者と義妹
「……カノリア」
ハインリヒの部屋の扉を開けると、そこには思いもよらぬ人物がいた。
義妹のカノリアだ。
カノリアとハインリヒが、机に向かって二人でくすくすと笑いあっていた。
青くなる私に、ファラウズはぎゅっと一度目をつむると目礼をしてその場を離れた。
「あら、お姉さまもいらっしゃったのね。今日は魔術の訓練だったの? 私、ハインリヒ様に魔術の質問があってお話していたの」
私に気が付くと。弾むような声でカノリアが私に笑顔を向けた。
今日は二人きりだと思っていたのに。
私は気分が沈むのを感じた。
カノリアは私が来るのを知らないはずがない。私が王城に行く日を何度も聞いてきていたのだから。
緑色のドレスは新調したものだろうか、見たことがないものだ。
華やかな装いで、とても可愛い。ハインリヒも緑色の装飾品をつけていて、まるでお揃いのように見える。
私の青紫のドレスはなんだかすごく場違いで、惨めだ。
「……そう、魔術訓練をする予定で」
「そうだったのね、知らずにごめんなさい! ねえお姉さま。ハインリヒ様はやっぱりとっても詳しいわ! 私学園でも魔術を褒められるのに、ハインリヒ様には全然及ばない!」
「ありがとう、カノリアに頼ってもらえて嬉しいよ。よく来たねマリーシャ。君の分のお茶を入れて貰おう。ああ、メイドは下がってもらっていたから呼ばないといけない」
テーブルには飲みかけのお茶が二人分載っている。
ハインリヒの部屋でメイドを下がらせて、二人で。
抗議してもいいはずの場面だけれど、私はどうしても言う事ができない。
……二人きりなら、ハインリヒは優しい。
でも、カノリアが居れば、彼女が優先だ。
「ハインリヒ様、お姉さまの為に私がメイドに声をかけてくるわ」
カノリアの腕がハインリヒの腕に巻き付いた。
拒絶もなくぎゅっと密着する二人の身体に、私はどうしようもない思いで、目線をそらした。
「……いえ、私が行ってくるから大丈夫よ。二人は話の途中だったでしょう?」
「ああ、よろしく頼む」
「お姉さま、ありがとう。そうだ、あれも聞いておきたかったんだったわ」
「はは、カノリアは疑問だらけだ」
気まずくなってしまった私は、自らお茶の用意を申し出る。
二人は私を気にした素振りもなく、再び楽しそうな雰囲気で話を始めた。
*****
「私の方が、お姉さまよりは魔術が上手だわ」
「そうだね。カノリアはとても努力家だ。初めて会ったときは可愛いうさぎのような子だったのに。こんな素晴らしい魔術師になるとは思わなかった」
「ねえハインリヒ様。私、もうすぐ宮廷魔術師の資格が取れます! 魔力はあっても魔術が下手なお姉さまより、ハインリヒ様にふさわしいと思うわ」
「そんなことを言ってはいけないよ。マリーシャは信じられないぐらい魔力は膨大だから」
「でも、魔術はすごく下手だわ」
「確かにね。実は、力だけでは妃になれないとは彼女には伝えてあるんだ。……君が宮廷魔術師になったら、お祝いをしようね。何か用意しておくよ」
「わぁ! 嬉しいわハインリヒ様!」
二人の甘い声が聞こえる。
お茶を手に持ったまま、私は入り口で立ちすくんだ。
ハインリヒは、良く私に会いに家に来てくれていた。婚約者としての親交を深めたいという彼に、私は単純に舞いあがっていた。
でも、いつからかハインリヒはカノリアとばかり話すようになっていた。
二人は魔術の話題で良く盛り上がっていて、魔術が上手く使えない私は話題に入っていけなかった。
二人の仲が親密になっていくのを、私はただ見ている事しかできなかった。
ハインリヒは、二人きりの時は優しい。
……だからきっと、私が、魔術さえ上手に使えれば。
勉強だって頑張ってきた。妃教育と称した魔術以外のなにもかもも、カノリアが魔術に傾倒しているのを横目で努力してきたのだ。
それに今の私は魔術が使えるのだ、申し分ない以上に。
だから、大丈夫。
きっと今ならハインリヒは私を婚約者にしてくれるから。
家族になって、一緒に過ごしていけるから。
そう自分に言い聞かせ、強張る顔で笑顔を作って部屋に入った。
「二人とも、お茶を持ってきたわ」
二人とも、親密な様子を隠しもせずに私に向かって微笑んだ。
「ありがとう。そこに置いておいてくれ」
「お姉さまも、お茶を頂いていて」
二人はまた、私が居ないかのように話し始めた。
ハインリヒの行動をよく見てというクーレルの言葉を思い出す。
ハインリヒは今までもずっとカノリアと親しげにしていた。それでも私の事は尊重してくれていると信じていた。
上手くいっていない部分は、私の魔術の出来が悪いからだと。
彼が努力を強いてくるのは、私への愛情だと思っていた。
でも、違うのかもしれない。
もしかしたら、やっぱり騙されるかもしれない。前世のように。
『強すぎる力は脅威でしかない。諦めてくれ』
ヴァーラシス殿下の声が頭に響き、気持ちが一気に冷える。身体に冷水を浴びせられたように、全身が強張る。
魔力の多さで選ばれた私が魔術も使えたら、前世と同じように戦争の道具として使われてしまうかもしれない。
そうでなくても私の事を、ただ利用するかもしれない。前世の王太子とハインリヒのまなざしが被る。
似ているのは当然だ。ハインリヒは彼の子孫だから。
……もし、同じことが起きたら。
私は頭を振ってその考えを追い払おうとした。
ハインリヒは、きっと魔術が上手く仕えない私の事だって、大事にしてくれる。
魔術について、彼に話をするべきだ。どっちにしろ、この後一緒に訓練ということになれば、魔術の構成を見られてしまう。
もう決めなくてはいけない。
ハインリヒはそんな事しないと思っているのに、どうしても怖い。
魔術陣が起動したときの絶望を思い出し、私はカノリアと楽しそうに笑う彼を見つめた。
「じゃあ、私は行きます。ハインリヒ様」
カノリアは優雅にハインリヒに挨拶をし、部屋から出ていく。
「お姉さまも、また家で」
通りざま、私と目が合い彼女は嬉しそうに笑った。
その視線を受け、私は気がついた。
……カノリアは、二人の仲をわざと見せつけているんだ。
今まで、何故盲目的に彼らを信じていたのだろう。
私は何を信じていいかわからなくなって、ぎゅっと手を握った。
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