資料10ー第9話

 中身の予想ができたとしても、パスワード解読に繋がるとは限らない。案の定、「雑木林」や「道」に関連する単語で解錠することはできなかった。


 どうしてウエサワはあのファイルにだけパスワードをかけたんだ?


 夕食の準備ができるまで、オレはリビングでパスワードの解読作業を行なった。幸いにも、パスワードは無限回試せるようだったから、無作為に生成した文字を半自動的に入力させている。だが、あまり現実的ではない。


「イアン、大丈夫?」


 イ・ソヒが紅茶を運んできた。シンプルな模様のティーカップの中にはスライスされたレモンが入れられ、ミルクの入った白の陶器も添えられている。


「ありがとう……。これ、きみが?」


 イ・ソヒは無言で頷いた。そういえば、昨晩から彼女はマスクをつけていない。こうしてみると、目に怪我をしたただの少女に見える。


 脳裏に昨晩の出来事が蘇った。人外の攻撃を防いだ白い閃光。あの光は……。


 あの光がなければオレは死んでいた。一体、彼女は何者なんだ? いや、どうしてウエサワは彼女の存在を知っていたんだ?




 ————待てよ。




 どうやって彼はオレたちのことを知ったんだ? 軍人のレスター、財閥令嬢のイレーネ、シェフのシャオユウ、手品師で〝魔術師〟のティアーナ、そして人外だった新興企業CEOのエリック。彼らはネットで検索すればすぐに調べることができる。


 一方、双子はどうだろう。人外の味がわかるサヤカと人外に変身したハルカ。二人の存在はメジャーではない。少なくともネット検索で調べることは不可能だ。


 オレだってそうだ。もしここに来ていたのがオレ以外の、たとえばゲーム仲間だったら、量子通信はできなかったはずだ。ウエサワは招待文でオレの論文に目をつけたというが、内容は画期的ではない。それにオレよりも量子通信に精通した人はいくらでもいるはずだ。どうしてオレを……。


 顔を上げるとイ・ソヒが不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「どうか……したの?」

「い、いや。どうやってウエサワさんは、オレたちのことを知ったのかなって。そしてどうしてオレたちを選んだのかなって」


「たしかに、なんでだろう……」


 イ・ソヒはオレの隣に座った。


「ボクらは『世界の危機を救うために必要』って理由で集められたけど、ぜんぜん救おうとしていないし。なんなら人外が紛れ込んでいて、救うどころじゃなくなっているし……」




「えっ…………」




 オレは思わず彼女の顔を見た。彼女との距離は数センチしかない。今まで以上にイ・ソヒを近くで見つめることになった。彼女の頬はぷっくりしていて、右眼のまつ毛は綺麗に生えそろっている。


「どうしたの?」

「あっ、いや、えっと……」


 高鳴る胸を押さえながら、オレは先ほど思い浮かんだ疑問をスコップで掘り返すかのように思い出した。


「いま言ったこと。『世界の危機を救うため』って。オレたちそんな理由で集められたんだっけ?」

「ウエサワのメールにあったよ。ほら、一番最初に送られてきたメール」


 一番最初に送られてきたメール……。

 そうか。どうしてこんな単純なことに気づかなかったんだろう。




 手がかりは最初から一つしかなかったんだ!




「ソヒ、ありがとう!」


 オレは端末を取り出してウエサワの音声メールを聞き直した。一見すると支離滅裂な内容だが、注意深く読んでいくと、が浮かび上がってくる。


「そうか、これなら……」


 メール文から抽出したパスワードを入力してみる。ホログラム・キーボードに一字一句間違えないよう打鍵し、エンターキーを押下すると————




   『これを読んでいる者が人間であることを祈る』




 ホログラム・ディスプレイには、一日ぶりに違うウィンドウが表示された。


 オレもイ・ソヒも身を乗り出してウィンドウの文面に目を通した。鼓動はずっと高鳴ったままだ。このウィンドウに書いてある内容もそうだが、入力した文字列にも何か意味があるような気がして……。


 オレはしばらく動けなかった。



——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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