資料9ー第4話
昼食後、ワシはトマス・ハウスの裏庭にやってきた。トマス・プランテーションは温暖な気候のため、多種多様の植物が生い茂っている。裏庭は雑木林と建物の間に設けられた芝生の広場で、庭と呼ぶには日当たりが悪かった。
「やっときたか。では、このあとの作戦を伝えるぞ」
腕を組んだエリックはワシとイレーネを交互に見た。
「次のターゲットはティアーナだ。昨晩の襲撃で殺せればよかったが、さすが〝魔術師〟の家系、見事に防がれてしまった。レスターも同様に難敵だが、まだ我々の対処法を知らない。ゆえに、彼女の方から始末する」
***
一時間後、ワシはティアーナを連れて二階へ来た。
「実は先ほどの件ですが、ワシにはこれらで人を殺すところを想像できません。是非とも、貴女の目で使えるか否かを判別していただきたい」
そんな誘い文句に彼女は二つ返事でついてきた。
二階に到着し、六号室に向かって歩く。
「
振り向くと、彼女は眉間に皺を寄せていた。ワシは彼女に向かって笑みを浮かべる。
「ええ。ワシの診療道具は数が多いですので、彼女の部屋を一時的にお借りしています」
言い終わったあとも、彼女は怪訝な表情のまま動かなかった。
「では、こちらへ」
ワシは六号室の扉を開けた。
扉の先には特に変哲のない客室が広がり、床にはメスや注射器などの治療器具が並べられていた。それらを見てティアーナはようやく歩を前へ進めた。
彼女より先にワシは部屋の中へ入る。
そしてティアーナが部屋に一歩、踏み込んだ瞬間————
無数の硬質角が部屋の中から現れた。
先端が鋭利な触手は、瞬く間にティアーナの元へと向かっていく。
だが、彼女が手元で円を描くと、彼女を中心に衝撃波が起きた。一瞬にして周囲に迫っていた硬質角は弾き飛ばされる。近くにいたワシも飛ばされて床に転がった。トレンチコートを着ていなければ、床に置いた診療器具によって傷だらけになっていたに違いない。
今の動きを見ただけでわかった。どうやら彼女は手で円を描くことで〝魔術〟を行使できるらしい。一種の武術の類だと推察する。
だが、タネがわかれば簡単だ。
彼女が手で円を描く前に手数で潰せばいい。
部屋の扉が閉まり、部屋の隙間に隠れていたエリックとイレーネが飛び出した。無数の硬質角は再びティアーナの元へと向かっていった。
ティアーナはすぐに反撃の構えを見せたが、
一瞬の迷い。
視線が泳ぐのをワシは見た。
イレーネが手首を切り落とし、エリックが脳天を突き刺す。ティアーナの目玉がぐるりと上に半回転し、目や鼻から赤黒い血が垂れた。
エリックが硬質角を引き抜くと、ティアーナは床に倒れた。
たった五秒の戦闘。
結果はエリックたち人外の勝利に終わった。
「間一髪だっ……」
額の汗を拭おうとしたエリックの目が大きく見開く。
彼の背後に立ったイレーネが硬質角を繰り出していた!
六本の硬質角はまっすぐ彼の元へ向い……
エリックの目の前で止まった。
「《まったく、どんな映画を見ればそんな考えを思いつくんだ?》」
イレーネの息は荒くなり、触手の先端が震え出した。
「《我は心底失望したぞ、イレーネ。お前とは素敵なパートナーになれると信じていたのだがな。こうも明からさまに反抗の意を示されては、我はお前の自我を失くさざるを得ないだろう、なあ!》」
ガチガチガチとイレーネの歯が鳴り出す。彼女はいま、本能的な恐怖に溺れている。例えるなら、山で一人散策しているときにヒグマと遭遇したようなものだろう。
だが彼女を照らす光があった。
その光を見て、イレーネは笑みを浮かべる。
「そう……ね。わたくし……だけ、なら」
懐から注射器を取り出し、エリックのうなじに刺す!
「ウッ!」
ピストンを押して中の薬物を注入する。全部入れたことを確認すると、すぐに彼から距離を置いた。
「きさま……何を……した……」
エリックは体を震わせて振り向いた。
「栄養剤をすこしだけ」
済ました顔で答えると、彼は歯軋りをする。
「そん……な……つまらねえじょう……だ……ん……おぉ…………」
どうやら、脳に薬が回ったようだ。
***
四十五分前。
「フェリシア嬢」
「なにかしら」
「貴女、エリック様が怖いのでしょう?」
図星だ。彼女の表情は固まり、視線はワシから逸れる。
「べ、べつに……。だから何だと言うのです」
「お手伝いしようと思いまして。貴女をエリック様の呪縛から解放する」
鋭い視線が刺さる。気高き女性の瞳は潤んでいた。
「ムリよ……あなたは彼に叶わない」
「えぇ、力では。ですが
ワシは自分のこめかみを指差した。まるで何かに縋るかの如く彼女の瞳は潤いを増す。
「なにか考えがあるの?」
「はい。ですが、我々が真に互いを信頼しなければ成功しません。改めてお尋ねしましょう。貴女はエリック様の呪縛から解放されたいですか?」
彼女が頷くまで、時間はかからなかった。
***
ワシが注射したのは対人外用の筋弛緩剤だった。イレーネ曰く、これが脳に回ると全てがゆっくりに見え、言動が極端に遅くなるらしい。
「さようなら、王様」
「イ〜〜レ〜〜エ〜〜…………」
今際の言葉すら満足に言えずに彼の首は飛んだ。切断面から大量の血が吹き出し、部屋を、ワシを、そしてイレーネを彩る。
褐色の肌に飛び散った血を拭う彼女を美しいと心の底から思った。
——————
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