資料6「双子:Ⅱ」

資料6ー第1話

 彼女の異変に気付いたのは、死体が発見されてしばらく経ってからだった。


 普段は明るい彼女が一心不乱に死体を、正確には死体から出ている〝何か〟を見ていた。


 オレにはその〝何か〟は見えない。でも彼女には間違いなく見えている。一種の実体をともなって彼女の前に顕現している。


 彼女の目は虚空だった。つい数時間前まで初めて見る海に目を輝かせていたはずなのに、今はまるで見たくないものを見せられているかのように、瞳は漆黒だった。こんな彼女、今まで見たことない。




 そのとき、彼女が倒れた。




 近くにいた人がすぐに介抱を始める。中には聴診器を取り出す者もいた。


 オレは人々が慌ただしく動く様子を眺めることしかできなかった。できないことがないわけではない。彼女を抱き上げて名前を呼ぶことくらいはできる。でも、動かなかった。


 なぜか。


 聞こえてしまったから。

 部屋を覆い尽くすほどの糸が擦れる音が、聞こえてしまったから。




     ***




「身体能力の差はほとんどないから、敵を見つけるより味方を増やす方がいいな。みんなの職業は料理人、社長、医者、手品師、エンジニア、お金持ち、学生、そして軍人。この中で一番味方になって欲しいのは——」


 心がざわめく。声に出しながら考える。

 けど……


「おい、聞いてるか?」

「うん?」


 海を眺めていたサヤカはこちらを向いて返事をする。


「聞いてないよな」

「うん」


 テラスに吹き込む風が彼女の黒髪を靡かせる。オレは唾を飲み込んだ。


「うんって……。素直すぎるぞ」

「えへへへ〜」


 笑みを浮かべるサヤカにオレは嘆息を吐いた。


「褒めてない。まあいいや。もう一度、作戦を言うからよく聞くんだぞ。今回の任務は一つの失敗が命取りになりかねないからな」


 そうだ。今回の敵はオレたちが今まで相対してきた人外とは違う。今までがゲームのチュートリアルだとしたら、今回はラスボスだ。下手したら隠れボス的な強さを持つかもしれない。


 油断は禁物だ。




     ***




 って言った側から失敗するバカがどこにいると思う?

 ここにいる。


「はあ……」


 隣でサヤカがため息をつく。

「すまん……。料理がこんな難しいものだと知らなくって……」

「ハルカのせいじゃないよ。サヤカ、お鍋をひっくり返しちゃったし……」


「オレだって皿を割ってしまったんだから、お互い様だ」

「うぅ……」


 首を垂れるサヤカの顔を覗き込む。


「それより大切なのは〝これから何をするか〟だろ? いつだって同じだ。も、これまでも、そしてこれからも」

「うん。それで、これからどうしよう」


「オレにいい考えがあるんだ。……彼らの部屋から髪の毛を採取するのはどうだ?」

「なるほど……ん? どういうこと?」


「だから、他の人の部屋に侵入するんだよ。部屋には持ち主の髪の毛しか落ちていないから、わざわざ本人に接近する必要もなくなるだろ」

「おぉ。さすがハルカ! 頭いい〜」


 サヤカは小さく拍手した。オレは照れ臭くなって顔を背ける。

 心はさっきサヤカに言った言葉を反芻していた。


 ——大切なことは〝これから何をするか〟だろ?

 出鼻は挫かれたが、ここから巻き返せばいい。


 オレたちの戦いはこれからだ!




     ***




 犠牲者は一人出たが、予定に狂いはない。調べる対象が一人減ってむしろ好都合だ。


 心配なのはサヤカだ。彼女はオレには見えない〝何か〟が見えている。それをただの幻覚だと片付けてしまえば早い。でも、もし幻覚がリアルに見えたら。幻覚を見ている人は幻を判別することはできない。


「サヤカ、サヤカ!」


 肩を叩くとサヤカはハッと目を見開き、口から勢いよく息を吸って吐いてを繰り返した。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「うん、大丈夫だよ。ちょっとぼーっとしてただけだから」


 絶対に嘘だ。

 微笑む彼女にオレは唇を噛む。


 彼女と同じものを見れたらどれほど楽だろうか。もし踊るピエロなら一緒に笑い合うことができるし、人喰いモンスターなら目を瞑って抱き合うこともできる。


 でも、何も見えないオレは彼女を助けられない。


 ただ、寄り添うことしかできない。




     ***




 犯人探しの会議が終了し、オレたちは留守部屋を探し始めた。

 作戦開始直後、オレたちの前に最大の障壁が立ちはだかった。


 施錠だ。


 各部屋の扉の鍵はそれほど複雑じゃない。金属製の物体を鍵穴に差し込んで回す、フィジカル・ロックだ。フィジカル・ロックは簡単に壊すことができるが、壊さずに開けるためには〝ピッキング〟という高度な技術が要求される。サヤカはもちろん、オレも持っていない。


 またも出鼻を挫かれた。他に侵入できる経路はないか、と頭を巡らす。部屋の窓からならどうだろう。窓にも鍵はかかっているが、仕掛けは扉よりも単純だ。オレでも開けることはできる。だが、今から外に出て梯子をかけるとなると……。


「ハルカ……、ハルカ……」


 サヤカを見ると、彼女がイアンの部屋の扉を開けていた。


「どうやったんだ?」

「鍵がかかってなかったんだよ」


 そうか。鍵をかけ忘れたってパターンもあり得るのか。これはでかしたぞ! 

 オレたちはイアンの部屋に駆け込み、床を這いつくばった。


 アッシュ系の短髪はすぐに見つかった。オレたちはそれがイアンの髪の毛であることを確認すると、急いで部屋から出て扉を閉めた。全力疾走したわけではないのに息は上がり、心臓は締め付けられるほど痛かった。でも達成感は腹の底から溢れてくる。こんなに心がフツフツとするのは初めてだ。


「やったね!」


 隣でサヤカが言う。彼女も頬を紅潮させて息を弾ませていた。


「ああ!」


 オレは頷いた。




おまけ

————

 アレックス

「どうして、ワシばっかり……」

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