資料5ー第7話

 部屋に戻ると、ハルカが椅子に座っていました。


「その……、今日も一緒に寝るか?」


 頬を赤くさせるハルカにサヤカは大きく頷きました。勢いよくベッドにダイブします。サヤカのあとを追うようにハルカもベッドに入ってきました。


 電気を消して目を瞑ります。


 目を閉じると、ハルカの匂いが鼻をくすぐりました。どうしてでしょう。昨日は一緒に寝ることができて幸せだったのに、今はもっと幸せな気持ちになっています。


 このまま彼のことを強く抱きしめたい、なんて思いますが、体は動きません。動かそうとすると胸がプラスの方向に拍動するのです。不思議な感覚です。


 いっそのこと、ハルカの方から——

 最後まで考える間もなく、サヤカは眠りにつきました。




     ***




 カシャン、という音が聞こえました。


「おま——……どう——……」


 ハルカの声が聞こえて、

 ガタンバキンと何かが壊れる音がしました。


「————よお」


 目を開けると、社長さんがいました。


 サヤカは何か言おうとしましたが、それより早く彼の手がサヤカの首を掴みました。


 息が……苦しい……。


「本来であれば、貴様なぞ有無も言わさず殺すところだが、今回は特別だ。我に口を聞くことを赦そう。——貴様は何者だ? 生体情報を経口摂取しただけで我らを区別できるなんて、聞いたことがない。我は〝貴様ら〟の企みはすべて知っている。〝魔術師〟も〝神の御使〟も知っている。なのにお前が現れた!」


 口を強く押さえつけられます。


 く、苦しい————。


 助けて——ハルカ——。


「さあ、言え。貴様は何者だ。誰の差し金だ。どうやってその御業みわざを習得した。——さあ、言え!」

「サヤカをはなせ!」


 ハルカが社長さんを引き剥がそうとしました。ハルカの口からは血が垂れています。


「うるさい、な!」


 社長さんは背中から無数の触手を出しました。何本かはハルカに命中し、彼の体は宙を舞いました。


「そんなに早く死にたいなら望み通り、貴様から殺してやろう」


 手が離れてサヤカは激しく咳き込みました。息を整えながら顔を上げます。


 社長さんの奥には壊れた棚に寄りかかるハルカの姿がありました。彼のパジャマには無数の血の跡があり、こめかみから顎にかけて血の軌跡が引かれていました。


 社長さんが一歩踏みだすたびにサヤカの心臓はドクンとマイナス方向に鼓動します。


 まるで〝何か〟のカウントダウンをしているかのように。


 〝何か〟……〝何か〟ってなに?


 サヤカの目には血を流すハルカの姿がありました。


 …………いやだ。


 ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!


 社長さんは腕から伸ばした触手をドリル状に変形させました。


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ


 サヤカは……サヤカは、サヤカは、サヤカは————サヤカは!




   ——————ハルカと!




     ***




「よもや、自ら盾になるとはな」


 胸にジンとした痛みがありました。

 頭がぼーっとして、体がうまく動かなくて、指先の感覚がありません。


「貴様が何者であろうとか弱い小娘であることに変わりはない。正体が聞けずともそれで良い。そのまま兄妹もろとも無様に死ぬがよい」


 社長さんは触手を抜こうとしました。

 サヤカの胸に刺さった無数の触手を。


 ズルリと音がして強烈な痛みが走り、喉から血液が逆流して吐血します。

 このまま彼が触手を引き抜けば……今度こそハルカは殺されてしまう……。




 そんなこと……、させない……!




 サヤカは胸に精一杯の力をこめました。これまで出したことのないくらい強い力で。


 触手はピタリと止まりました。


「貴様ッ……!」


 社長さんは無理やり引き抜こうとしますが、サヤカも負けません。手足の感覚がない分、これでもかと力を込めます。


 それでも社長さんの方が力は強いです。徐々に触手は引き抜かれていきました。


「ゴフッ……、ゴフッ……」


 数ミリ抜かれるたびに口から血が出ました。痛みはほぼ感じなくなり、力が入っているのかもわかりません。


 それでも……これでもか、と。


「このッ、手こずらせやがってぇ!」


 社長さんはもう片方の手から触手を伸ばしました。触手はまっすぐサヤカの頭に向かっていきます。これを止める手段を、サヤカは持ち合わせていません。


「エリィック!」


 扉が開くと複数の銃声がしました。社長さんの腕が飛び、頭が削られて……


「レスター! クソッ、こんなところで、こんなガキに……」


 その言葉を最後に社長さんの頭は無くなりました。


 彼の体が倒れると触手が引き抜かれ、サヤカは大量の血を嘔吐しながら床に倒れました。


「サヤカ、大丈夫か! サヤカ!」


 軍人さんが駆け寄ってきて抱き起こします。サヤカは朦朧とした意識の中で〝何か〟を探しました。もはや名前を思い出すこともできない。けれども、とても大事なもの。




 サヤカを幸せにしてくれた大切な…………。




「レスター殿——」

「エリックは始末した。そっちはどうだった?」


「イレーネ殿は片付けました。今度こそ復活しないよう木っ端微塵に。シャオユウ殿も軽傷で済みましたが、そちらは……」


 ……やっと、見つけました。


 ぼやけた視界の先にいる、彼。こめかみから流れた血を顎から垂らしている、彼。


 サヤカは最期の力を振り絞って手を伸ばしました。ですが途中で力は抜け、カーペットの上に無造作に転がります。


「■■■か? ■■■ならここにいるぞ。ほら」


 誰かが■■■の手と■■■の手を結んでくれました。


 ■■■より少しだけ大きな手……。



 ——————アァ、

          アタタカイ。



——————

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引き続き、拙作をよろしくお願いいたします。

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