資料2ー第2話
単独行動する流れとなった。軍人のレスター・ジョーンズはアレックス・コリヤダに同伴してウエサワの遺体を検死しに、双子は一階を探索しに、シャオユウとイアン・テイラーはキッチンへ向かい、イ・ソヒという少女は端末をいじったままダイニングから動かなかった。
俺は建物の裏へ行った。さて、誰が〝同胞〟だろうか。無意識に周囲の草を蹴っていると、草木が擦れる音がして〝彼女〟が現れた。
我の前に現れたのは青いドレスを着たイレーネだった。彼女は顎を引いて、こちらを観察している。
時間が止まったかと思った。
「まさか君だったとは……」
自分の口から本音が出たことに我は驚いた。
「呼び出しておいて……どういうつもりですの?」
警戒心を抱きながらも尖った口調が我の嗜虐心を掻き立てる。だが、慌ててはいけない。ゆっくりと、ゆっくりと——。
「いやぁ、アレは少々やりすぎかと思ってね」
彼女の肩がピクリと動く。
「あんなに硬質角で切り裂いたら〝我々〟の存在がバレてしまうだろう。もっと鮮やかに、一撃で首を刈り取らなければ」
「そ……それは……」
「箱入り娘よ、久々に外に出れて嬉しかったか。まるで捕まえた昆虫の脚を一本ずつ取るかのように肉を割く感触は楽しかったか?」
イレーネは一歩退いた。だが、まだ終わらない。
「これは遊びじゃない、インターンシップでもない。いいか。我々は大いなる使命を果たすためにここにいる。もし真面目に働く気がないのなら、今すぐ自首して頭を鉛玉で吹き飛ばされるといい」
声を荒げない程度に語気を強める。彼女はとてもバツが悪そうに下を向き、
「申し訳ございませんでした」と言った。
笑みが抑えきれなかった。
「まあ、失敗は誰にでもある。これから取り返せばいい。そうだな、まずは————
《跪け》」
イレーネは困惑の表情を浮かべた。体がワナワナと震えている。我の口角はさらに上がった。
「《どうした? 貴様はいま、〝王〟の御前にいるのだぞ。——跪け》」
〝王〟の血を継ぐ者のみに発現する〝同胞を服従させる力〟。血が薄い同胞は理性を失い発狂するが、果たして……。
イレーネはゆっくり膝を地面につけた。ドレスの裾が土で汚れようとも気にせず、怯えた目をこちらに向けている。
間違いない。彼女は〝純血に近い同胞〟だ。
「《こうべを垂れ、主従の言葉を述べよ》」
「わ、わたくし、イレーネ・エンリケ・フェリシアは、エ、エリック・
「《ミカエルだと? 貴様、〝王〟の名を間違えるというのか。もう一度申せ。次間違えれば、息を吸うだけで肺が焼かれるほどの苦痛を付与するぞ》」
この力は相手の精神だけでなく肉体をも支配する。我の言葉で一騎当千の英雄を生み出すこともできれば、抜け殻のような廃人にすることもできる。
「ハッ……ハッ……」
肺が焼かれる自分を想像して息苦しくなっているのか、必死に息を整えようとする彼女の姿に、心の底から熱いものが溢れる。
「わ……わたくし、イ、イレーネ・エンリケ・フェリシアは……エ、エリック・ミケルド・フォン・マグラリング・シュミット様の下僕として、この命を、捧げることを……誓います」
息絶え絶えに言葉を発する彼女を見て鳥肌が立った。
だが、まだだ。
最高級のディナーは皿に盛り付けられ、食卓に運ばれてからこそ、だろう?
つまみ食いは許されない。
***
「〝狼煙〟が上がったな」
我は自室の椅子に座り、脚を組んだ。
「我が一族が数百年かけて準備してきた偉大なる計画だ。失敗は許されない。我々の目的はただ一つ、この屋敷に隠された我らの弱点となる〝薬〟を見つけ、破壊することだ。そんな〝薬〟があるのか半信半疑だったが、ウエサワのメッセージを見て確信に変わった。だが〝薬〟の在処を知っている彼はもういない」
目の前ではイレーネが片膝をついて頭を下げている。我がそうするよう命じたからだ。高飛車だが、それ相応の調教はされてきているな。これなら手間をかけることなく我の色に染めることができそうだ。
「本星から救助艦が来るまでの七日間で〝薬〟を処分しないといけない。だが、我とお前だ。二日もあれば全員を始末することができよう。人間がいなくなれば誰も〝薬〟を手に入れることはなくなる。任務完了だ」
我は脚を組み直した。
「だが、闇雲に襲うわけにはいかない。警戒すべきは、軍人のレスターと奇術師のティアーナだ。レスターは言うまでもない。問題はティアーナ、彼女は〝魔術師〟だ。苦戦を強いられるだろう。ゆえに、まずは無害な六人から殺していく。狙うは就寝時だ。双子、ニート、医者、料理人。二手に分かれれば二時間で終わるはずだ。くれぐれも、昼間のようなヘマはするなよ、《なあ》?」
体をビクッと痙攣させるイレーネを見て、表皮の内側から迫るものを感じる。イレーネは顔を上げて我のことを見た。あぁ、彼女は飼い主を喜ばせるために生まれてきたに違いない。彼女の一挙手一投足が我の脳髄を揺らしてくれる。
「《誰が顔を上げていいと言った。
「も……、申し訳ございません」
笑みが溢れる。無意識に舌なめずりする。
「よい。《我に近づけ》」
彼女は二歩、我の足に接触するくらいまで近づいた。
「《いいぞ。そのままじっとしていろ》」
我は右足を使って彼女の顔を上げた。ライトが当たったイレーネの顔は火照っており、焦点の合わない目は我に向けられていた。
素晴らしい。素晴らしいぞ! まるで次の指示を待つ忠犬ではないか。
我は弾む息を抑えた。
「《よし、このまま我の足を舐めろ》」
「……えっ?」
「《手は使うな。口だけで我の靴下を脱がし、足の指一本一本に至るまで、塵一つ残さず舐めとれ。いいな》」
我の足の上で顔を歪める彼女はヴィランに捕まったヒロインみたいだった。
あぁ、素晴らしい。
何度でも言おう。たとえ最後の一言しか発せなかったとしても我は言おう。
彼女は素晴らしい、と。
このとき、我は十余年ぶりに自ら起立した。
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