資料2「社長」

資料2ー第1話

 人生で一度だけ、〝恋〟をしたことがある。


 相手は屋敷の使用人だ。彼女は従順で優しく、我の言うことは何でも聞いた。


 彼女への想いは決して揺らぐことはないと信じていた。彼女が他の使用人に使われていると知った時も、我に許嫁がいると知った時も、いつかは彼女と結婚して幸せな家庭を築くのだと確信していた。


 だが、十一で〝力〟に目覚め、我の〝恋〟は終わった。


 高尚な知的生命体とは思えない声を出し、肉塊のように横たわる彼女の姿を見て、我の心は〝絶望〟で溢れた。




 これに我は〝恋〟をしたのか? 

 尊び、敬い、将来の伴侶になると信じていたのか?




 以来、〝恋〟はしていない。


 かつて〝恋〟をした使用人は今、クローゼットの中にいる。




     ***




 ウエサワの死体を見たき、〝仲間〟の存在を確信した。我はトマス・ハウスに来てから一度も二階へ上がっていないし、こんな遺体を切り刻んだりはしない。


 〝仲間〟を探したいのは山々だが、まずは場を収めなくては。目の前ではドレスを着た女が肩幅の広い男と言い争っていた。


「お二人とも、落ち着い——」


   ピコン

    ポロン

     ヴーヴー


 皆の携帯が一斉に鳴った。タイミング悪いな。内心舌打ちをしつつ宛先を確認するとウエサワからだった。


「ウエサワ様からメッセージ?」


 他の人たちもウエサワからメッセージを受け取ったようだ。


「あなたもウエサワ様から?」


 女に尋ねる。美しいボディラインを持つ女だ。青のドレスがよく似合う。

 女は黙って頷いた。


「あなたもですか? えっと、お名前は……」

「レスター。レスター・ジョーンズだ」


 よし、反応してくれた。主導権を手に入れることができた。あとはいつも通り、

 エリック・フォン・シュミットとして振る舞うだけだ。




     ***




 警察の到着は明日となった。電話の奥が慌ただしかったのは〝同胞〟が破壊工作をしているからだろう。じきに〝狼煙〟があがる。〝狼煙〟が上がれば、警察奴らは来れなくなる。


 ダイニングに戻ると、先ほどの男女がまだ言い争いをしていた。彼らを宥めつつ、まずは自己紹介をしないかと提案する。


「そうだね、まずは挨拶から!」


 ブロンドの短髪女が先陣をきる。彼女は我に承諾を得ずに溌剌とした声で名前と職業を述べた。まったく、嘲笑してしまう。礼節がなっていない下等生物の見本のような女。庶民的な愚物ではないか。今すぐここで命を絶ってやろうか。


 いや、ダメだ。まだ〝敵〟がどれくらいいるか把握できていない状態で本性を表すのは危険だ。今日は〝一族〟が数百年かけて準備してきた〝運命の日〟。失敗は許されない。


「ほら、次はあなた。さっきっから取り仕切ってるけど、一度も名乗ってないよね。はい、自己紹介して」


 シャオユウと名乗った女は偉そうに我のことを指さした。溢れ出る負の感情を抑えながら、我は笑みを浮かべる。


「当方はグリーン・テック株式会社CEO、エリック・フォン・シュミットでございます。ここには余暇として参った次第です。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 一同の驚愕は当然の反応だ。上場してわずか五年で時価総額トップに躍り出た新興企業の創業者なのだから。ピセムで知らない人間などいるはずがない。


 せっかくだ。〝仲間〟にも我のことを教えてやるか。




『〝同胞〟に告げる』




 高潔なる我が〝一族〟にしか通じないテレパシー。


『我はエリック・ミケルド・フォン・マグラリング・シュミット。マルクス・ヨフルムヒ・H・マグラリング・シュミットの第一子である。〝同胞〟はこのあと我を訪ねよ。隠れても無駄だぞ。お前がウエサワを殺したことは明白なのだからな』


 これで〝顔合わせ〟ができるな。




おまけ

—————

 エリック、腕組みをして鼻を鳴らす。

「ほう、もう我の出番か」

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