代車の事
鼓ブリキ
知人の談
よう、久しぶり。大学以来だから、ええと、何年ぶりだっけ? ああ、そうだったな。
近況ねえ。ぼちぼち、ってところかな。『ボヘミアン・ラプソディ』だよ。
おっと、今日は映画の話をしに来たわけじゃないんだ。お前、作家志望だったろ? 話のタネになりそうなのを用意したんだ。まあ、おれが望んで用意したもんでもないがね。
つまり、誰かに聞いてほしいんだよ。人が聞けば大した事じゃないかもしれないが、おれは半年経った今でもあの夢で飛び起きて、汗びっしょりになるくらいなんだ。
自家用車を持ってると、車検があるだろ? 車ってのは本体価格も維持費も安いもんじゃないが、田舎じゃマジもんの生活必需品だよ。 最寄りのコンビニまで十五キロ、スーパーはさらに遠い所に一軒だけ。電車もバスもない。仕事に行くのだって……、おっと、こんな愚痴を言いに来たんじゃないんだ。
お前も知ってるだろうけど、車検は一日じゃ終わらない。だからその間に代車を貸してもらう。
おれの所に来たのは、青い軽自動車だった。オンボロでさ、カーナビもないし、窓なんかスイッチじゃなくてハンドルを回して開け閉めするんだ。じいちゃんの軽トラ以外でそんなの初めて見たよ。でもおれの車とボディの大きさは大して変わらないし、乗り心地もまあまあだったから、「次買うなら軽もいいかもな」なんて考えたりしたんだ。
あの音がするまでは。
……おれの家は山道を登った先にあるのは知ってるよな? 仕事でも買い物でも、その道を通らなきゃならない。山だからさ、時々折れた枝とか落ちてたりするんだ。いや、いちいち避けたりしないよ。余程大きいんでもなきゃな。ほとんどは車体の重さで潰れるだけだし、たまに車の下に巻き込まれても、地面で削れてすぐにどっか行くから。強いて言えば巻き込んだ枝が地面を引っ掻く、ガリガリって音がすこし耳障りなくらいで。
あの夜、用事で山の麓のコンビニに行ったんだ。坂道を降りる時に聞こえたんだよ。
ガリガリ、ガリガリって。
枝でも引っかけたんだと思ったが、すぐに気がついた。枝を巻き込んだなら、ライトで照らしてる前方にそれが見えるはずだろ。でもおれは何も見ていないんだ。
とはいえ慣れた道で注意散漫になってたのかもしれないし、どうせ走ってる内にいつものようにどこかに行くだろうなんて思ってたんだ。……ああ、そうだよ。走ってる間ずっと、ガリガリいう音は消えなかった。
コンビニに入る前に車の下を覗いてみた。もしかしたら偶然枝がぴったり車体にハマりこんだんじゃないかって。
でも何もなかった。スマホのライトで見てもみたけど、異物が挟まってるようには見えなかった。地面と擦れて音を立てそうなものは、何も。
お前の推察通り、帰り道もずっと音がしてた。おれ、普段カーステレオはCDだから、ラジオのノイズと一緒に聞こえてくるあのガリガリって音はかなりストレス溜まったよ。
それでもおれは呑気なたちだからさ、一晩寝たらもう忘れてたんだ。いつものように飯食ってさあ仕事行くか、って代車を発進させて気づいたんだよ。
車があった場所に、大きな染みが出来てた。オイル漏れかと思って車から出て、よく見たら、その染みは赤い色だった。明らかに、錆とは違う色だ。おれの言いたい事、分かるよな?
染みは車を停めてた場所にだけあって、車が通った道の方には何もなかった。とにかく何も考えないようにして仕事に行ったよ。休めるわけないだろ。仕事を休んで、ずっとあの染みと向き合うなんて。それにあと一日でおれの車は返ってくるんだから、どうにか自分を誤魔化して終わるのを待とうと思ったんだ。
その日の晩、夢を見た。
おれはまるでテレビか映画を見るみたいに、あの代車、青い軽自動車が山道を走るシーンを見てたんだ。
車体の下に、女の子が挟まってた。
マネキンなんかじゃない。だってマネキンは、あんな風に皮が裂けて肉の繊維がボロボロになって固まりかけの血が跡を残してめちゃくちゃな方向に折れた腕や指が繋がってるはずないだろう人間なんだよあれは。髪が長くて顔が見えないのと、大人にしては小さいから女の子だと思ったけど違うかもしれない。暗い山道を車がずっと轢き擦ってるんだ。申し訳程度に敷かれたアスファルトで骨が削れて音を立てるんだ。ガリガリ、ガリガリ。
急に場面が変わって、もう車は走ってない。女の子も車の下から出されてた。運転手は穴を掘ってた。多分男だと思う、背格好しか分からなかったけど。掘った穴にぐしゃぐしゃになった人間だったものを雑に押し込んで土を被せてた。最後の土がかけられる寸前、動かない目玉がじっとおれを見てたんだ。
……オチ? オチなんかないよ。代車を取りに来た業者の人に訊くくらいはしようとしたけど。
「はあ、他のお客様から下取りした車という事以上はちょっと」これだけだよ。警察に行ってどうする? 夢の中でどこの誰かも分からない人が山に埋められてました、探してください、なんて、いかに暇な田舎の警察だって取り合ってくれないだろ。
今でも、ふと気を抜くとフラッシュバックってやつ? ある考えが頭の中に滑り込んでくるんだ。
「どこかでまだ、あの子は誰にも見つけてもらえずに、あの山にいるんじゃないか」って。
──おれから話しておいてアレだけどさ、あんまり真面目に取らないでくれよ。つまらない話って、おれの考え過ぎだって、笑ってくれよ。
なあ。
代車の事 鼓ブリキ @blechmitmilch
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