第三話 地道な路銀集め

Chapter.7 旅のしおり

 というわけで予定通り、俺たちは宿に宿泊する。

 向かう先は腰の悪そうなお婆さんが惰性で営むほとんどほったらかしの古宿だ。

 なかなか人も来ないみたいで、俺たちが玄関の鈴を鳴らしながらやってくると大層嬉しそうにしていた。

 宿の名前は『憩いの地』という。



「っすーーー……」


 通された部屋の前で足を止める。

 ……まあ、覚悟はしていたが、これは……。


「想像以上にやばいですね……」


 横並びになって息を呑む。

 あまり清潔とは言えない年季入りのベッドであったり、経年劣化した窓枠から容赦なく吹き込んでくる隙間風であったり、シーリングライトには埃と蜘蛛の巣がやけに溜まっていたり、一部の床板は底の抜けたまま足元注意の立て札が置かれているだけであったり。

 その品質としてはかなり悪い。


 ……中古の短剣より安い価格で泊まれる宿に、多くを望んでも仕方ないとは思っているが……。


「まあ、今日のところは我慢だな……」


 下ろす荷物もないので腰に手を当てて息を吐く。


「えぇぇええ……」


 カトレアは現実を受け入れられないみたいだった。


 ♢


「さて、今後の話をしようと思うわけだが」


 備え付きの机から椅子を引いて、ベッドサイドに腰掛けるカトレアと向き直る。


「はい」


 俺がそう言って切り出すと、カトレアも神妙な面持ちをして頷いた。

 俺から尋ねたいことはいくつもあるが、まずはこの旅の詳細についてきちんと把握しておきたい。


「実際問題、お前の目指している場所っていうのはこの世界のどこにあるんだ?」

「秘境ワルプルギスのことですね」


 俺の問いかけにカトレアが首肯し、得心したかのような仕草を見せる。

 そう、秘境ワルプルギス。魔女見習いのカトレアが師匠から課された最終試験の目的地だ。


 それがこの世界のどこにあり、どれほどの時間がかかり、どれほどのコストがかかるのか。またカトレアがどれほどの計画性を持って最終試験に臨み、魔女になるという夢を叶えようとしているのか、この質問の回答から判断しようと思っていた。


「さあ、分からないです」


 なんて言ったか聞こえなかった。


「……ごめん。もう一回言ってくれる?」

「私もどこにあるかは分からないです」

「よし。お前やっぱ旅諦めろ」

「ええっ!? なんでですか!?」


 カトレアが驚いたような顔をする。いやいや、あり得ないのはお前の言動だから。


「そんな行き当たりばったりで無一文かつ不器用なお前が旅なんかできるか!」

「ちょっと、それは失礼すぎませんか!? 待ってください、秘境ワルプルギスとはそういうものなんですよ!」

「はあ〜っ?」


 必死になって弁明しようとするカトレアがイマイチ信用ならなくて食ってかかる。

 俺が眉をひそめていると、負けじとカトレアはベッドサイドから立ち上がり力強い目で俺を見下ろした。


「これこそが最終試験足らしめる一番の課題なんです! 秘境ワルプルギスは常に場所、形を変えて魔女にしか辿り着けないような暗号で隠されています。それに期間も限定されていて、三ヶ月後の閉場までに必ず辿り着かないといけません。試験は期間中にしか執り行えませんし、今期を逃したら一年後になります。この短い期間で暗号を解読し、秘境まで辿り着くからこそ私は新たな魔女として認められるんです!」


 熱烈なアピールだ。

 これまでのカトレアに薄らと感じていた、焦りにも似た旅への執着心の理由の一端がこれで分かったが、三ヶ月以内に場所も分からない秘境へ辿り着けるか否かだと? それも、暗号の解読にどれだけの時間が掛かるかも分からずに。


 ……無理だろ。


「暗号がなにかは分かっているのか?」

「いえ、それもまだ分からないです」


 じゃあなおさら絶望的じゃねえか。頭が痛い。

 さすがに俺の失望を感じ取ったのか、慌てたカトレアが前向きな気持ちになれるようなことを口にしようとする。本人は無自覚なんだろうが、必死さが両手のわたわたとした挙動に現れていて、少し面白かった。


「で、でも、暗号がどこにあるのかは分かっているんです。ひとまず私が目指すべきはそこで、帝都の図書館が目的地になります。魔法に関しての知識量は私、師匠のお墨付きですから、図書館で暗号を入手さえしたらワルプルギスまでちょちょいのちょいのはずです」

「後半は信用してないから置いておいて、じゃあ、ひとまずはそこを目指せば情報が手に入るわけだな? そこからどれくらいの時間が掛かるのかは分からないが、そこまで早く辿り着くに越したことはないと」

「………。はい」


 いや、不服そうな顔をしながら頷くんじゃない。さすがに信じきれないだろう、お前ポンコツなんだから。

 どうせ難航する気がしているよ俺。


 顎に手を当てて熟考する。

『お前にできない』とは決めつけないが……。

 なんにしても、暗号を入手するまでに無駄な時間も掛けられないっていうのが真実なんだろう。


「それで、帝都の図書館まで行くには? 旅の行程が知りたい。まさか計画がないわけじゃないだろ?」

「はい。この町から馬車で半日移動したところにここよりずっと栄えた地方都市があるのですが、そこからは帝国中を駆け巡る円環列車と呼ばれるものが帝都まで続いているので簡単に行くすることができます」

「ん、この世界は列車があるのか」


 とすると、相当距離はあるみたいだが、それほど難しい道のりでもないと考えられる。


 話を聞くたびにカトレアの旅が無鉄砲なように思えて仕方なかったが、ここまで聞いて、本来はアトリエから乗合馬車で町まで下り、町からは馬車で地方都市まで移動し、その先は列車に乗って帝都までまっすぐ向かう予定だったと知ると、確かにそれなら色々と貧弱なところのあるカトレアでも十分に遠出することが可能だったのだろう。


 現状、ここまで厳しい状況になっているのは旅支度を済ませる前に追い出されてしまったせいだからな。


 長旅と言われて警戒していたが、元祖RPG等であるような野宿当たり前の露骨な徒歩旅、を強要されなくて済むのはかなりありがたい。

 俺としても、まだ現実的に受け止められる。


「……………まあ、お金があれば、ですけど」


 いや、そうだった。俺たち一文なしだった。

 馬車も列車も使えそうにないんだ。徒歩旅になる可能性はたぶんにある。

 落胆する。


「お、お金を稼ぎましょう」

「なんで俺が励まされてるんだ。お前が頑張れよ」

「はい。それはもちろんです」

「……嫌味の通じないやつだなあ」


 呆れたように後頭部を掻く。

 この猪突猛進さがカトレアらしいところであり、またトラブルメーカーたる所以ということかな……。


 俺に、手綱を握れるのか不安だ。カトレアは俺のことを召喚獣だと思っているが、俺はお前のこと、手のかかる貧乏神だと思ってるよ。


「ちなみに、だいたいでいいんだけど、帝都の図書館までに掛かる費用は分かるか? 列車と馬車を使うとして」

「……ざっと、八千セラですかね」


 とすると、今日の利益のおよそ百三十倍か。

 うん。やっぱりこの旅は厳しくね?

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