Chapter.6 これから一文なし

「どうですか?」

「いやどうですかじゃねえよボケ」

「えっ?」


 いやいやいや。

 いやいやいやいやいや……。

 待ってくれ。え? 理解が追いつかない。

 こめかみに手を添えて呻く。


「色々と言いたいことがあるんだけど、とりあえず、これは本当に狙った結果か?」

「えっ? えっ、もちろんです。え? だって、音を鳴らすことができるんですよ……? 非常時、とても便利ですよ……?」


 ……俺が知る限りリファインって英語で『改良する』『磨きをかける』といった意味合いのある単語でもあるはずなんだけど、たかだかホイッスル性能が付いただけの短剣にそれほどの価値があるとは思えない。

 え? 俺が間違っているか……?


 音に弱い魔物がいるとか? そういうことか? それならまあまあ、アリではあるか……?

 いや、でも高額転売には……。


 だって2weyである必要ないしな……。


「……そもそも、まずもって、商品になるんだから口を付けるべきじゃないと俺は思うし」

「あっ……」


 しれっと拭き拭きするんじゃない。それで済ませるんじゃない。目を逸らすんじゃない。

 てへぺろでもする気かこいつ。

 三拍子を揃えるんじゃない。


 異世界の衛生観念よ……。いやまあそれはまだいいよ。どうせ売れない気がしてきたし。

 とりあえずそれは置いといても、だ。


「これが、高額転売に繋がるって?」

「えっ、だ、だって便利じゃないですか?」

「いや便利……、便利……? まあ便利かもしれないけど、俺にはせいぜい元取れてやっとだと思うぞ」

「ええっ、そんなことはないですよ! 絶対売れます! あったほうが嬉しいですって!」


 心外だ、とでも言いたげに抗議される。

 でも俺こう思うんだよ、あったほうがいいぐらいの付加価値では、なくても安いほうを手に取るユーザーのほうが多いって。

 俺そう思う。俺そんな気がする。


「絶対売れます! 大丈夫ですから!」


 いったいお前の自信はどこから来るんだ……。


「……分かった。じゃあそれはいいとして、せめて二本目は俺の好きに作らせてくれ」

「……………。いいですよ?」


 すげえ不服そうだけど了承させることに成功した。


 ♢


 まあ、言わずもがななんだけど、先に売れたのは俺モデルの魔剣である。


「――どうしてですか!?」

「だから言ってるだろ!?」


 思い通りにいかなかったため膝を打って項垂れるカトレアの姿を目の当たりにする。

 だから言ったじゃん! これ売るのは厳しいって!


「嘘だ!」


 迫真の『嘘だ!』はやめろ。

 現実だから受け止めてほしい。日も暮れ出した日没前の町中でしていい慟哭じゃないよ。恥ずかしいよ。


「いや、絶対おかしいです。これはなにかの陰謀です」

「変な方向に目覚めるな。ドストレートで誰も買おうとしてないだけだから」


 場所は移動して歩行者通り沿い。露店と名乗れるほど大したものはなにもない状態だが、そういった出店も多く立ち並ぶエリアに張って通行人をターゲットに商売していた。五百セラで販売する笛機能が付いた短剣と、廃品寸前から刃こぼれの修復と装飾を足して売り出した六十セラの短剣。直売りのほうが利益がいいから、というのはカトレアの戦略だった。


 もちろん、そう簡単にいくものではないので人が来るまで相当時間は掛かったが、たったいま、カトレアの呼び込みに釣られた客が苦笑いして俺モデルのほうの魔剣を買っていったところである。


 その客から察するに、どうやらこいつ、需要と供給が一部に限定されているから成り立つ商品をこんな片田舎で売ろうとしていたみたいだ。

 どこから仕入れた知識かは知らんが、秘策にしても見込み違いというか、世間知らずにもほどがある。


 こいつ、もしかしなくても、相当生きるのが下手なんじゃないか?


「あのさー……。お前、旅諦めたほうがいいんじゃないか?」


 なるべく親身になったつもりで、目線を合わせるようにしゃがんで勧告する。

 ひとまず俺のことは置いておいて、こいつの人生が素直に心配になるものがある。この先もずっとこの調子なら、どうにかして旅を諦めてもらうか、一人で旅をできるぐらいになってもらうかしないと、結局、俺が帰るにも帰られなさそうだ。


 だって、変に見捨てた感じになっても気分が悪い。

 ここまで頓珍漢なことをするやつなわけだし。


 理想で言えばここで旅を諦めてもらい、不要となった俺を元の世界まで送り返してもらう。

 それが、一番丸く収まるように思える。


 だからそう思って言葉をかけるが――。


「……ゃです、嫌です、絶対諦めませんから。私は、人の役に立つ魔女になるんです、絶対。でないと、顔向けできない人がいっぱいいます」


 決意を見せられて押し黙る。なにがお前をそうさせるのかは知らんが、人の役に立つなんていまのお前には到底無理な話だ。


 だけど、カトレアは立ち上がる。

 はあ、と大きくため息を吐いて、俺も遅れて立ち上がる。


「じゃあ、どうする気だ? 俺にはこの収入があるけど」


 それならアプローチを変えてみよう。

 そう言って俺が見せつけるのは先ほど手にした売上げ金。ちょっとだけ嫌味っぽく言い放つ。

 カトレアはむっ……とした表情を見せる。


「野宿します」

「決断が早い」


 バカバカバカ。いやさせられるか。

 そういうところが心配になるって言ってんだ馬鹿。

 こいつ、人の気持ちをなんも分かってない……。

 呆れたように俺は項垂れる。


「まず、どうやって金を稼ぐかだろ?」

「次の計画は考えています。残念ながら、私の魔剣がここでは売れないのは事実みたいなので、ひとまずこの魔剣を魔物の解体用にして、集めた素材を買い取ってもらったり、どこかお仕事のお手伝いをさせていただける場所はないか探してみます」

「お前、魔物は危ないって言ってなかったか?」

「………」


 無言になるな無言に。


「それに、お前かなりの人見知りだろ?」

「………」


 だから、無言になるな無言に。


「はあ……」

「そんなにため息することないじゃないですか!」

「いや、お前に俺を責める権利はない」


 頭を抱える。本当になんなんだこいつは。

 本人は至って真面目なのも分かるから、余計腹立たしくって仕方がない。


 こうしてみると魔女の優しさも透けて見えてくる。事前に用意した荷物と貯金で引き返せないところまで行かせてしまうより、はじめの段階で躓かせておいたほうがいい。

 じゃないとこいつは『向こう見ず』がすぎる。


 まず、この町から旅立てるかどうか。

 それを試されている現状なのだ。


 そして、それで諦めてくれるなら結構だが、こいつがそこまで柔な心構えじゃないのも分かる。

 ……だったら、俺が手助けすることで一日でも早い自立を促し、帰還に繋げてしまったほうがお互いにとっていいんじゃないか――。と思った。


「じゃあ、いいか、約束がある。お前がなにかするときは絶対に俺を通せ。今回みたいなの次作ったら承知しない。お前の計画がなるべく失敗しないように、俺も知恵を貸してやる」

「……はい」

「で、お前が『自活』できるようになるまで協力してやる。その代わり、必ず俺を元の世界に返せ」

「自活とはなんですか?」

「一人で金を稼いで一人で生活できるようになること。お前の魔女の力量がどんなもんかは知らないけど、人間としてお前はまだ半人前だ。そこらへん、俺が鍛えてやる」


 いまぼそっと目を逸らしながら「召喚獣なのに……」って言ったよな。聞き逃してないからな。誰が召喚獣じゃボケコラ。

 少なくともお前よりは人間してるから。

 確実にお前よりは年上なんだからな?


 やれやれ、と頭を振る。


「……あと、俺は野宿は絶対に嫌だ。見ろこの俺の姿。これ以上文化的な生活から遠ざかるつもりは一切ないから。だから、今日で使い切ることになるが、この金を宿泊に使わせてくれるっていうなら俺もちょっとは召喚獣らしいことしてやる。それが呑めるなら、俺と約束しろ」

「でも、六十セラで入れる宿なんて……」

「あるらしいぞ。通行人情報だが、この町で最安値の宿が外れのほうにあるって聞いた。もちろん一部屋分の代金だし品質は保証できないが、お前も野宿よりはマシだろ」

「おぉ……」


 感心しないでほしい……。

 カトレアってたぶん箱入り娘だよな……。


 世間知らずだし妙に知識に偏りがあるし、あの魔女がやったことはそのまま『可愛い子には旅をさせよ』というやつだ。

 この時点で俺のほうが詳しいのは、かなり不安になってくるものがある。


「え、でもそれって、相部屋っていうことですか?」

「……なに? 俺だってこれでも譲歩してるんだぞ」


 屋根のある部屋で一日過ごせるだけいいだろう。わがままを言うんじゃない。第一、俺だって寝るときくらいはやかましいやつと離れてゆっくりしたいよ。

 四六時中一緒なのは疲れる。ただでさえ気苦労が多いんだから。

 だから、その変に意識した感じの癪に触る態度をやめろ、直ちに。


「安心しろ。お前に興味ないから」

「んなっ……私だって別に気にしてませんから! やめてくれませんか、べっ!」

「おうおう結構だ。俺年上の人しか興味ないし。お前みたいなガキは相手じゃないから」

「………。それは熟女好きということですか?」

「違う。お前絞めるよ?」


 どこと言われたら首を。


 ……やっぱりさっきのなかったことにできないかな、すでに後悔しつつある……。

 泣きてえよもう。なんだこのホームレス一歩手前のハード環境。異世界ってこんなんじゃないだろ、普通。

 これじゃあ明日から立派な一文なしじゃねえか。


「気が変わる前にどうするか決めろ」


 悪役みたいな台詞を言うと、カトレアがすっと手を差し出してくる。


「約束します。私の旅を手伝ってください」


 差し出された手を、見下ろす。

 握手なんて、性に合わないので勘弁してほしいが……。


 俺は、その手を取ることにする。

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