Chapter.5 はじめての魔法

 ……金目のものって言ったって別に俺はアクセサリーとか身に付けるタイプじゃないからなあ。

 スマホはこちらの世界に付いてこなかったようだし、愛用のクッションはでかくて持ち歩けるものじゃないので魔女のアトリエに置いてきてしまっているし、せいぜい俺の手にあるのは尻ポケットに納めた文庫本だけである。


 いや、これは売りたくないぞ?


「その顔、なにか持ってますよね」


 俺がスッと身構えると、目ざといカトレアがしつこく詮索してくる。いくら鞘に収まった状態でも商品の短剣を持ちながら迫ってくるな、怖いから。


「いいんですか? 私はあなたのご主人様ですよ?」

「へっ、抜かせ」


 鼻で笑ってやる。俺は認めてないから。

 あまり調子に乗りすぎると、また電撃を浴びさせられることになっても堪ったもんじゃないので程々にするが。


「〜〜〜っ、……」


 顔を近づけられ、葛藤の末、観念する。

 少し、不服ではあるものの。


「貸し一つだからな」

「! ありがとうございます!」


 はあ、と大きくため息を吐く。

 心底嬉しそうにされると、憎むものも憎めないので困る。カトレアが、悪いやつではないのはちゃんと俺も理解しているのだ。


 お互いの常識と認識のすれ違いから度々意見が衝突しやすいだけで。


「まだ金になったわけじゃないんだからぬか喜びはやめとけよ」

「大丈夫です! これはなにがなんでも売ってもらいますから!」


 こいつはすぐ調子に乗るんだから……。

 俺から受け取った文庫本と買う予定の短剣を嬉しそうに胸元で抱えて、「それでは行きましょう!」と意気揚々とカウンターに向かうカトレアに付き添う。



 まあ、結論から言うと、取引は無事に成立し、物好きな店主はオマケとしてもう一本古びた短剣を付けてくれた。



「……売り物を見るや否やすごく優しくされてびっくりしました」

「こんな生業をするくらいだし。相当変人なんだろ」

「では、召喚獣さんのおかげですね」

「おう」


 はたして、この異世界で俺の持ち寄ったあの文庫本がどういう扱いをされるのかは知らないが、好きな作家の本を異世界に布教したと思えばまだマシか?

 当の店主は材質への興味ばかりで内容への興味はサラサラなさそうだったけど。


「ところで、あれってなんだったんですか?」


 遠足帰りのような充足感を覚えていそうなカトレアが、世間話の一環として何気なく振ってくる。

 特に隠す理由もないので、俺も正直に答える。


「俺の好きな作家の新刊だよ」

「えっ、そうだったんですか! 言ってくれれば……」

「言ってくれれば、なんだよ」

「………」


 言葉選びを間違えたのだと自覚した彼女は居心地が悪そうにする。

 気でも緩んだか、藪蛇だったな?


 別に、売らなきゃどうしようもなかったというのには俺も気付いていて、他に手がないから俺も身銭を切ることにしただけで、このことに関してはお前が自ら墓穴を掘ったりしなければ俺から言及するつもりもなかったぞ、ちなみに。


 先ほどまでと一転してお通夜のように暗い顔をするカトレアに、やれやれと頭を振ってやる。

 申し訳ないと思ってくれているならそれでいいよ。


「お金をたくさん稼いだら、必ず買い戻しましょうね、あの本」

「いや、別にいいよ……」

「絶対です。それでこの借りは、お返しということにします」


 うーん……。なんだかな、苦笑する。

 俺としては、むしろこの貸しは契約解除を持ちかけるときなどに有効的に使わせてもらいたいものだが、そう言ってくれること自体は嬉しくないわけではないのでお茶を濁す。


 本当に、悪いやつじゃないんだよな、カトレアは。

 ただ子どもっぽいだけで。


「気にすんな。それよりやることやろう、日が暮れる」

「はい!」


 まあ、これだけ素直になってくれるならわざわざ貢献してやった甲斐もあるもんだ。


 ♢


「それではこれより付与魔法を行います」

「異なる性質を加える魔法だったか」

「厳密には、元々持っている性質以上の効果を与えることで利便性を上げたり、形状に変化をもたらすことで機能を高めることが目的の魔法ですね」


 路端に座り、二振りの短剣を置いてカトレアが杖を手元に生み出す。彼女の師である魔女と似たような仕草だが、取り出された杖のデザイン性や重厚感といったものに違いが見られ、『魔女見習い』という肩書きに相当したものに感じた。


 俺はまだイマイチ付与魔法についてどういうものなのか分かっていないので、当てずっぽうで尋ねる。


「炎の剣とか作れちゃうのか?」

「いや、ハードルを上げないでください。というか、それは中古品に高望みしすぎです! できることはせいぜい、状態を良くしたり、ささやかな形状変化ぐらいだと思います」

「それで高額転売なんて無理だろ」

「ところがどっこい、私にはその条件下で一発逆転・高額転売を狙えるローリスクハイリターンな秘策があるのです」


 フフンと鼻を鳴らすカトレアを見る。

 大して期待はできなさそうだなあ、ソレ……。

 しばらくは彼女の提案に乗ると決めた手前、なにも言わずに大人しく見守るけど。


「見てていいか?」

「はい。もちろんです」


 正直、悪い予感はしている。

 斜め向かい側で自分の手元を興味深そうに見つめる観客(俺)の視線が気になるのか、カトレアは気恥ずかしそうに身じろぎしたあとコホン、と小さく咳払いをした。

 まずは一本目。


「〈リファイン〉」


 短剣を中心に魔法陣が浮き出て、眩い光が刹那的に俺たちの視界を奪った。


「……――できました」


 あっけないな……。所要時間は十秒もない。

 眉間を揉んで目を落ち着かせたあと、カトレアが手に持って見せつける短剣を注意深く観察する。

 柄の、石突あたりが変化したか?


 カトレアは自信満々に語る。


「見てください。これこそ、中古の短剣が生まれ変わった姿、魔剣2.0。利便性を追求し、死地と隣り合わせにある旅人御用達の逸品。きっと五百セラでも余裕で取引されることでしょう! 私の渾身の一品です」


 胡散くさい触れ込みである。

 怪訝な表情を微塵も隠さずにカトレアから魔剣を受け取り、実際に手に取って調べてみることにした。


 多少、小綺麗になったとは思うが、鞘も普通。刀身も普通。やはり変化というと、柄の石突ぐらいにしか感じない。

 だからといって、これが秘策だとは思えない。


 埒があかないので素直に質問する。


「いったいなにが変わったんだ?」

「分からないんですか? 仕方ないですね……」


 鼻につく態度のカトレアに魔剣を譲る。

 すると、彼女は鞘から引き抜き、むき身の状態の魔剣を逆手に持ち、縦笛のように口元へ運んだ。


 そして、



 ……ピィイィいいぃぃい〜………。



 という、へなちょこな肺活量による、死にかけの笛の音が広まる。


「……………」


 ぷはっと魔剣(笛)を口から離したカトレアが、満足げな表情で口にする。


「どうですか?」

「いやどうですかじゃねえよボケ」

「えっ?」

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