Chapter.4 カツアゲ犯

 詳しい話を聞いてみると、中古ショップの存在について納得できる要素が多くあった。


 この町が周囲から孤立し、旅人の中継地のような形を取るからこそ、故あって所有者不明になった道具や装備などが近辺で収集されたりすることもあるそうだ。


 その故とは、つまり魔物。

 カトレアが一休みを嫌ったのもそういった理由があるかららしい。


 中古ショップとは聞こえがいいが、要は遺品の回収業者で、取り扱うものはズバリ使用済みの短剣、長剣、弓、槍、盾、革装備など。もちろんそれだけではなく、皿や雑貨、細々としたものまでちゃんと中古品の取り扱いもする。

 そのイメージとしては、それこそ個人経営のジャンク店や骨董屋、蚤の市の雰囲気が近いのかもしれない。

 ごちゃっとして、入りづらい店構えだ。


「百セラ以内でいくつか短剣を揃えたいです。状態のいいものを探すの、手伝ってください」

「値札は読めないぞ俺」

「使えないですね」

「お前は本当に歯に衣着せないな?」


 別に協力してやる義理ないんだぞ俺には……。

 もうこいつはこういうやつなんだと早々に割り切り、「はいはい」と諦めて中古ショップ内を見回る。


 見ていて、物珍しさはある。年季入りのものが多いから、異世界をより生身で実感しやすい。

 傘立てのような容器に刃こぼれの目立つ長剣が雑に束ねられているの、なかなか斬新な光景で危なっかしくて、笑ってしまいそうになった。

 この世界はとんでもないな。


 がちゃがちゃっ、と大きな音をカトレアが立てたので振り返る。


「なにやってんだお前」

「狭くて……。やってしまいました」

「あーあ。買取求められたらどうする気だよ」

「すみません……」

「謝るなら店の人に言ってこい。これは俺が直しとくから」


 やれやれと手を貸しに行く。

 おっちょこちょいなのか天然なのか知らんが、カトレアはそそっかしいところがある気がする。

 まだ数時間しか共に行動していないが、あの魔女があんなに心配そうにしていたの、だんだん理由が分かってくるって話だ。


「……すみません。一緒に付いてきてください」


 はあ? 嘘だろ、子どもかよ……。

 心細そうな姿を見せるカトレアになにか言ってやりたかったが、ぐっと呑み込んで項垂れる。

 ああ、もう、仕方がないな。


「じゃあいくぞ?」


 落としたものを手短に拾い集めて戻し、暗い顔をするカトレアを連れて店内奥のカウンターのほうを目指した。


 結果として。


 無口な店主にしかめっ面をされたが、平謝りで許してもらうことができた。カトレアの頭をぐっと押さえ付けながら俺がぺこぺこするという、保護者同伴謝罪のソレである。何故だ。


 店主の顔を見て思うが、確かにこれは、一人だったら怖い。あれだけ臆病になっていた理由も分かる。

 何事もなく済んだのでよかったが、まったく……。


 なんで俺はここまでしてやってんだ?


「お前、俺に感謝しろよ」

「う……ハイ」


 いや、理由は分かっている。

 昔から俺はそうなのだ。


『お人好し』『面倒見がいいね』と言われたことは何度もある。自分で自分の首を絞めるタイプで、俺はそれを高校のときまでと心に決めたから、もう人になにかを任されたくはなくてあえて人を遠ざけるような口調で自己防衛することにしたのだ。

 カトレアにはそれが通用していないみたいだが。


 利己主義な人間に利用されるのは勘弁だ。

 こっちが身を尽くしてやる甲斐も意義もない。


 感謝の言葉があればまだ気持ちはいいが、俺の人間関係はそのあたりが悲惨だったからな。


「ありがとうございます、本当に」

「……おう」


 ……………いやいや、これで許すから俺は馬鹿なのである。甘く見るなよ。マジで。心は固く閉ざしてるから。マジで。お願いされても、旅に付き合う気は一切ないから。マジで。本当に。

 俺は、そんなに善人じゃねえから。


 はあ、とため息をついて頭を振る。

 我ながら難儀な性格だとは思うが、利己主義であるよりは利他主義な人間であることに誇りを持てているのでまだいい。


〝たまにはありがとうの一言くらいって、なに? じゃあ結局、自分のためにやってたってことじゃん。あんなにいいよいいよって言っといて、嘘つき。

 私のためじゃなかったんだ〟


 ……嫌なことを思い出してしまった。



「あっ、ここに短剣がありましたよ。探しましょう」


 カトレアの声で目が覚める。

 いや、あれはもう、過去のことだ。


「……分かった」


 気持ちを強引に切り替え、俺はカトレアのもとへまっすぐ向かう。


 本題である資金調達に向け、『高額転売用』の商品を吟味することにした。


 ♢


 しばらくしてカトレアは、お目当てのものを見つけたみたいだった。


「ぐぬ……。どうしましょう、あと十セラ足りない」


 値札を凝視しながらカトレアがそう唸っている。

 目をつけた品は壁に掛けられていた鞘付きの短剣で、他のものとは少しだけ扱いが違うようだ。


「値切ってみるか?」

「いやあ、怖いですよ……」


 俺がそう言うとカトレアが日和ったようなことを言う。あの店主の恐ろしさを知ると無理もないが、とはいえ、買えなきゃなにも始まらないし。


「じゃあ、こっちの見るからに古びているほうにするか?」


 代替案として出せるのはこのくらい。

 しかしカトレアはそれにも難色を示すと、渋っているその理由を俺に話してくれた。


「リファインって、元々の質が高いものでないと付与できる効果も大したものではなくなってしまうんです。間違いなくこの一百十セラの商品は掘り出し物なので、どうにかこれで一発逆転を狙いたいところなんですけど……」


 じーっと物欲しそうに短剣を見つめている。ちなみに、新品の短剣の相場は二百セラだというらしいから、どうせ中古の品しか買えなかった状況のなかで掘り出し物の発掘はあまりにもでかい。

 言っても、カトレアの目利きにはなるのでどれほど信憑性があるのかは眉唾ものだが……。


 もしもこれで当初の宣言通り、高額転売が狙えるのなら、それに越したこともない。


 問題はその残りの十セラだが。


「あの、召喚獣さん」


 折いって頼みが、とでも言いたげなテンションで上目遣いをされると警戒する。

 なにを言い出すか分からないので、訝しみながらも尋ねる。


「……なに?」

「えっと、そのですね」


 まばたき多めに。気まずそうに、人差し指をつんつんと突き合わせている。

 そんなカトレアは慎重に口にする――。



「金目のものって持っていたりしませんか……?」



 ――もしかしてなんだけど、俺、異世界に召喚させられた挙句カツアゲされそうになってる???

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