第二話 欠点だらけのヤツ

Chapter.3 体力クソザコ魔女見習い

「……で、どうすんだ?」


 色々と諦めた俺がそう訊ねると、カトレアはすっと立ち上がった。


「こうなってしまった以上は仕方ありません。当面の目標は資金調達です」


 まあ、追い出される前に『金を持っていない・荷造りもしていない・身支度もできていない』というのは本人の口から言っていたからな。

 最優先がそれになるのは分かる。


「当てはあるのか?」

「はい。なんと奇跡的にポッケのなかに一〇〇セラがありました。これで中古の道具を購入して、リファインして、高額転売を狙うことができます」


 高額転売という言葉が妙に気がかりになるけども。

 嬉しそうに見せつけてくる一枚の紙幣に、『セラ』が通貨単位なのを知る。


「リファインって?」

「付与魔法です。もともと持っている性質以上の効果を道具に与えることができます。すごいでしょう」


 ふふんと自慢げなカトレア。イマイチ説明だけでは理解しきれなかった俺は生返事をする。

 いや、当てがあるなら結構だ。


 魔女には俺が役立つことが期待されているような視線を送られてきたが、俺は魔力ゼロでなんの力も持っていないようだし、カトレア自身がそのことを俺に期待している素振りもない。

 であれば、率先して協力する必要もないはずだ。


 俺のなかでの優先事項は『現実世界に帰ること』が筆頭。そのために必要なのは契約解除。

 しかしカトレアは〝俺の能力に期待していないわりに〟契約を続ける気があり、その理由には召喚時の願いがあると答えている。

 それがなにか分からないうちは、慎重に動く必要がある。


 様子を見よう。焦りは禁物。

 しばらくはカトレアの提案に乗りつつ、その間に情報収集を進める作戦を執ることにした。


「んじゃ、行き先は?」

「そうですね……。この森を抜けたところに一日四本ほど走る乗合馬車があるのですが、それを利用することもできないので徒歩で町を目指すことになります。まあ、だいたい一時間ほどかな」

「げえ」

「弱音吐かないでください。私だって辛いんですから」


 そう口にもらしたカトレアが、どれだけ騒いでも二度と向こうから開けてくれそうにない玄関扉を寂しそうに見つめる。

 あそこから魔女が顔を出すようなことはない。


「……………」


 このような形で追い出されて、年端も行かない少女が身一つ、思うところは必ずあるはずで。


 名残惜しさに見切りを付けるよう、背を向けた彼女が、歩み出すのに俺も付いていった。




 ……――って、行けたらよかったんだが。

 ストップをかける。

 水を差すつもりはないのだが、ここで足元に注目。


「あのさ、俺、靴履いてないからこのまま歩きたくはねえんだけど」


 ごめん。でも、言わせてくれ。お前らと違って土足文化じゃないから。追い出されてそのまま歩き出せたりはしないから。

 こちとら靴下しか履いてないんだから。


 嫌だよ。これで森歩くの。


 立ち止まったまま一歩も動こうとしない俺に対し、振り返ったカトレアは目線を下げ、流れるようにジト目をする。


「人間みたいなこと言わないでくださいよ」

「お前には俺がいったいなにに見えてるんだよ。というかお前こそ魔女のくせに陸路なの? さっきのお師匠みたいに浮いたりしようよ。箒に跨がれよ魔女」

「箒って……箒は掃除をするためのものでしょう?」

「なんで俺が常識を問われてんだよこの異世界で。そうじゃなくて定番だろ。なに? 俺が間違ってるの?」


 イライラ。

 言葉通り住んでいる世界が違うのでどうしたって仕方のないことだが、常識のすれ違いからときたま向けられるカトレアの冷たい視線はなかなか手厳しいものがある。


 俺が彼女を『なに言ってんだこいつ』と見るように彼女にも俺という存在が『なんだこいつ』と見えてしまうのは当然の心理だとも思うので、それをどうこう言ってこれ以上わだかまりを大きくするつもりもないのだが、いちいちコミュニケーションにブレーキを踏まれてしまうような感覚は問題だ。


 それだけ、どうにか上手く付き合いたい。


「……浮遊移動フライトを外で使うには、魔女手形という許可証が必要になりますから。私はまだ見習いなので、使いたくても使えないんです。怖いし」

「怖いし」

「うるさいですね」


 いや、ぽろっと言うのが悪い。

 本音がそこに凝縮されてるじゃねえか。

 まあいいけど……。当てつけのつもりで次の一言を言ってやる。


「じゃあ、俺はこのまま靴も履かずに歩けと」

「ちょっと、それは人聞きが悪すぎます!」


 猛烈に抗議してくるカトレア。だけど俺は悪びれる気もない。

 だってマジでこの足で外を歩きたくはない。


 言っても、目の前にいるのはいくつかの魔法が使える魔女見習いなわけだから、靴に変わるものぐらい適当に生み出してくれたりはしないものかと淡く期待してみるところもあるのだが――。


「……すみません。いまは我慢してください。お金を稼いだら、一番初めにあなたの靴を買ってあげますから」


 小声で「手のかかる召喚獣ですね……」って言ってたの聞き逃してないからな、俺。


 うん、魔法というのは期待するほど便利なものではないのかもしれない。魔女手形とか、なんか手続きの必要そうな面倒くさいものもあるみたいだし。


 はあ、と心底ため息を吐く。

 我慢、我慢だとは思っていても、荒みたくなる感情がある。


 まったく、なんで俺はこんな目に。


 ♢


 移動中は、苦行のような時間だった。

 町に着いた頃には、太陽の位置はちょうど頭上あたりまで来ていた。


 舗装された路面に出たことで足元への不安感はかなり薄れたが、同時に人里は人目があるので少しだけみっともないような気持ちになる。

 早く靴を手に入れるためにも次の行動には出たい。


「はぁ、はぁ……」

「いくらなんでも体力なさすぎだろ」

「うるさい、ですね……っ」


 ジッとした目で睨まれる。

 どうやらカトレアはへとへとらしい。


 俺は運動不足改善にジム通いを続けていたので人並みには体力に自信があるほうなのだが、疲弊したように肩で息をするカトレアのソレはどうも人並み以下に見える。


 彼女はふらふらと移動し、手近な石垣にもたれかかった。


 到着した町は自然と共生し、西洋建築が建ち並ぶ小型の集落のような場所だった。数十軒の連なる民家と特産の果樹園だろうか、広大な畑が町の外側で広がり、近くの川には橋がかかっている。

 ここまで川沿いを歩いてきたわけだが、この町を境に向こう岸へ渡ることもできそうだ。


 カトレアの言っていた通り馬車の往来も目立つし、旅人のような人物も見かける。思ったよりは活気のある田舎の町、という印象を持つことができた。


「だから途中で一回休めばよかったのに」

「外は危ないから、そんなことできませんよ、ばかっ」

「ほう。馬鹿呼ばわりか」

「……なんですか」


 俺が目を細めて凄んでいると、カトレアがむっと気まずそうにする。

 うん、こいつは優等生ぶっているきらいがあるから、こうやって言葉の揚げ足取りには弱いみたいだ。


「言っときますけど、『お前』だとか『こいつ』とか、あなたのほうが口が悪いですからね!」

「うるせうるせ。こっちの身にもなれ。俺ずっと人扱いされてないの最悪の差別だからな。うるせうるせ」


 わざとらしく耳栓してそう連呼しているとカトレアが諦めたような顔をする。でも俺は悪いとは思わないから。開幕からこっち、『怠惰の悪魔』とか『人じゃない』とか散々なこと言われてるから。

 俺、根に持ってるんだから。

 お前らに好感度なんてないんだからな。


「フン!」「けっ」


 そっぽを向き合う。

 こいつとは、仲良くできる気がしない。


 ……十秒ほど沈黙が続き、どうしたものかと次の一手を考えていると、ふいにまだ休んでいたいようなカトレアの姿を見下ろす。


 しかし体力がないなこいつは。


 全力疾走をしたわけでもないのにあまりにもしんどそうな姿を見せられると、こいつに旅ができるのか本当に不安になってくる。いますぐにでも師匠に謝って帰ったほうがいいんじゃないか? と助言したいぐらい、基礎体力が低そうな娘だ。


「なあ、軽くその辺を見てきていいか?」

「……いや、待って、一人にしないでください……」


 どうせ大した別行動ができるわけではないし、休憩している合間に暇を潰そうと考えたのだが、そう言ったカトレアがもう一踏ん張りのように気合を入れて立ち上がってしまうのでそれは少し悪いなと思うなど。

 別に、急かすつもりはなかったんだが。


 ……一人にしないでって、本来、一人で旅をする予定だったんじゃないのかと思うから、そんなに俺に単独行動をされるのが嫌なのかとつい邪推する。

 言葉通りに受け取れば可愛いものだけど。


「では、中古ショップに向かいましょう」


 異世界の中古ショップって、創作でもなかなか聞いたことがない。

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