Chapter.2 追放(俺の召喚主が)

 ……いやいやいや。

 待って。こわい。この世界恐ろしい。

 俺いつでもあのミルクセーキ女に痙攣させられる状況にあるってこと……?

 ちょっと命の危険を覚え始めている。


「あ、起きましたね」

「……おう」


 むくりと上体を起こしてどこかの寝室。内装の雰囲気的に先ほどまでいた建物と同じだとは思うが、窓から差し込む日の光が部屋の雰囲気を明るく見せている。

 こうしてみるとただのログハウスだ。


「魔力ゼロなので死んじゃうかと思いました。力加減気を付けますけど、召喚獣さんも勝手に逃げようとしないでくださいね」

「はい……」


 逆らえないので粛々と応じる。あの威力が力加減の問題であることも知ってしまったので、ますます命の危険を覚える。

 なんか、本当に人扱いされていない気がする。


 これで俺がとんでもない魔法を扱える超危険な魔王とかだったら話も分かるが、ただの一般人だからな。

 やりすぎだろ。


「落ち着いたら、付いて来てください」

「……あのさ。お前、はじめと態度違くね?」


 ここで一つ、どうしても気になったので、寝室から出ようとする彼女の背中に問い掛ける。とても『あなたを召喚したのは紛れもないこの私!』と無い胸を張っていた人物とは思えなかった。


 彼女は、少しだけ怒ったようにして「っ……」と恥ずかしげに振り向く。


「召喚獣には舐められないように毅然とした態度が必要なんです! でも、あなたそんなに怖くないから」


 そして、ふんっ! とそっぽを向くように部屋を出ていってしまう彼女。

 ……うん。めちゃくちゃ舐められてるんだな、俺。


 むしろこっちのほうが毅然とした態度をするべきなのかもしれない……。



 その後、寝室を出て廊下突き当たりの扉を開けると、先ほどまでいたリビングっぽい部屋に出る。

 俺を召喚したときの魔法陣の痕跡は綺麗になくなっているし、部屋の雰囲気は明るい。換気のために開け放った窓から、入り込むそよ風が気持ちよかった。


 流れるようにテーブルへ誘導される。

 対面にはミルクセーキの師匠が待ち受け、隣には神妙な面持ちをしたミルクセーキが座る。


 なにやらいまから二人の大事な話って感じの雰囲気で、俺の聞きたいことが切り出せる様子ではない。

 どうやら俺の召喚は、ミルクセーキも望んだ結果ではないみたいだし、当然俺も不本意だし、契約解除とかがないのか聞き出したいところだが。


「さて、カトレア。召喚獣の使役も済んだところだし、改めて最終試験についておさらいしようか」

「はい」

「――って待て待て、俺が召喚獣っていうのは決まりなのか? こいつが主??」

「こいつとはなんですか」

「そうだね」

「いやっ……なにをする気か知らねえけど、俺にできることはなにもないぞ。ただの人間だし獣じゃねえし。なにかの間違いだ」


 慌てて、待ったをかける。俺が召喚獣ということで受け入れられるのは困る。

 しかし、二人は首を振って否定する。


「それはあり得ないです」

「うん。君は必要だからカトレアに呼ばれた。なにもできないと思うなら、なにもしなくてもいい。ただ、間違いということは絶対にないんだ。疑いはあっても、君には召喚獣としての役割を全うしてもらう」

「……それはいったいどういう意味だ……?」

「召喚にはね、願いがある。その内容はカトレアにしか分からないけど、カトレアが必要とした要素を君は必ず持っているはずなんだ。だから、君の立場は揺るがない」

「よしミルクセーキ。なにが望みかを言え」

「へっ……!? 言いませんよそんなこと!」


 くそ……訳が分からない。話の全貌がどうも見えないのは、俺が召喚獣という扱いで勇者みたいな重要人物扱いではないからなのか。

 ミルクセーキが話の中央にいて、俺は文字通り巻き込まれている形みたいだ。


 これは、不貞腐れたくなってくる。


「ま、これから君たちの付き合いは長くなるから、その間に和解でも契約解除でもなんでもしてみたらいいさ。召喚獣の使役はただのおまけ。目的のための手段の一つだからね」


 目的のための手段の一つ。召喚獣の役割がその程度だと言われると、俺の身も自然と引き締まる。なにが待ち受けるのか知らないが、ミルクセーキ女のために俺の命が犠牲にされるようなことは避けたい。

「話を本題に戻すよ」と言って、魔女は話を続ける。


「これよりカトレアには最終試験を正式に受けてもらう。内容を言ってみて」

「はい。私の最終試験は『秘境ワルプルギスへの到達』です」

「うん。それを以ってカトレア・ミルクセーキは一人前の魔女として認められ、私のもとを卒業することになる。はれて君は人の役に立てる魔女だ。いままで私が教えてきたこと、全てを活かしてワルプルギスの門を叩け」

「はい!」


 隣にいるミルクセーキがふんすと脇を締めて気合を入れる。俺の主が彼女になるので、つまりその試験は間接的に俺にも関係がある可能性があり、というか十中八九そうであり……。

 だんだんと、嫌な予感を覚える。


「長旅になるよ」


 勘弁してくれ……。いや、先ほどこの魔女は『契約解除でもなんでも』と言ったので、直談判するのならミルクセーキが相手か。話が通じるかは分からないが、俺はそれまでこのやり取りを流すしかない。

 が、最悪を想定して覚悟はしたほうがよさそうだ。


「大丈夫です!」

「……うーん、正直不安だなぁ……」


 困ったように魔女は頬を掻く。その反応を見るに愛弟子の独り立ちが寂しいというよりも、ミルクセーキ自身になんらかの問題があってそれを気がかりにしているみたいだ。


 魔女が、俺を一瞥する。

 その視線が妙に印象的だった。


「まあ、弟子を疑っても仕方ないからね。……では、カトレア・ミルクセーキ」

「はい!」

「取り急ぎ、試験終了までこちらのアトリエは出禁にする。直ちに出て行って」

「……えっ!?」


 ……………流れが変わったな。


「いますぐですか!?」

「そう」

「えっ、まだ着替えてなっ、そじゃなくてっ、荷造りもしてなっ」

「いや、待たないよ」

「えぇええぇぇえええっ!?」


 この師匠唐突に鬼畜すぎるだろ。

 ちょっと面白くなってきたが、これではあまりにもミルクセーキが不憫だ。

 口をはさむ。


「こいつ旅に出るような格好じゃないぞ」

「思うところがあるならそれは召喚獣の仕事だよ」


 アイコンタクトで俺の助太刀を促され、困惑する。

 召喚獣の仕事って、なんだよ?


「せめて鞄だけでも! お金も持ってないです!」

「稼ぎ方は教えたでしょ」

「そんなぁ!」

「ほら、文句言わない」


 と、魔女はそう言いながら杖を取り出し、俺たちに向けるとなにやら体が……浮いてる。すごい。いや、半端ないな。


「えぇえええええぇえええええ」


 半泣きも空しく問答無用で連行される俺たち。さきほどから、俺は状況に追いつけていないのでこの変化も大したことじゃないと受け止められているが、彼女にとっては一大事みたいだ。

 浮きながらうぎゃうぎゃと暴れている。


「じゃあね。いい報告を期待しているよ」

「師匠ぉ!」


 バタン、と無情にも閉じる扉。

 俺たちは地面に落下する。


 ……茫然自失といった様子でぺたんこ座りするミルクセーキの傍ら、俺は周囲を見渡してここが人里から離れた森のなかであることを知った。

 うむ。これはちょっと、同情する。


「……大丈夫か?」

「話しかけないでください」

「召喚したのはお前だろ」

「………」


 さて、どうしたもんかな。契約があるのでこいつを蔑ろにすることもできない。

 詳しい事情を聞ける相手もこいつしかいない。

 口惜しいが、立ち尽くす。吹き抜ける風が涼しい。


 ――けど、ミルクセーキは肌寒そうに蹲っていて。


 ……………。

 本当に、なんだかな。


「ほら、ミルクセーキ。上着やるから。元気出せ、ずっとこうもしてられないだろ」

「ぁ……。ありがとう、ございます。召喚獣さん」


 薄着のミルクセーキに、俺のフルジップパーカーを手渡す。正直、こういうのは慣れていないので適切かどうかが分からない。

 部屋着だから、シンプルに申し訳ねえし。

 その感謝もお世辞だと思うから、大して真に受けずに流す。


「あと、俺は召喚獣じゃない。鏑木颯太かぶらぎそうたっていう名前だ」

「それを言うなら私のことはカトレアと呼んでください」

「……分かった」


 俺が了承すると、カトレアはこちらを見上げて満足げな表情をしてくれる。親しくなるつもりは特にないが、人間関係は歩み寄りが肝心だ。

 これで心を開いてくれるなら、ミルクセーキ呼びを諦めたっていいか……。


「それと、召喚獣は真名で呼べないので、無理です。ごめんなさい」


 やっぱミルクセーキって呼ぼうかな。

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