誰が召喚獣じゃボケ 〜一文なしの魔女見習いは、目が離せなくて手がかかる〜
環月紅人
第一章
第一話 魔女見習いの旅立ち
Chapter.1 鮮烈な幕開け
昔から、くつろぎながら小説を読むのが大好きで、人をダメにするクッションに身を預けながら無駄に集中して読み込んでしまうことがある。
だから気付くのが遅れた。
俺……もしかしてとんでもない状況に陥ったかもしれん。
「や、やった……っ! 本物だ! ぐうたらとしたふてぶてしい態度に見たこともない作りの玉座に腰かけた姿……間違いない。召喚獣のなかでも最高クラスの怠惰の悪魔・ベルフェゴールだ!」
「誰が怠惰の悪魔だ」
目の前にははしゃいだ様子でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表現する少女が一人。場所は明かりが一つも点いていない丸太組みのほったて小屋で、周囲には本棚であったり、テーブルであったり、窯であったり、乾燥させた香草の類が大量に吊るされていたりする。
テーブルのほうには少女の保護者と思われる女性が興味深そうな目で俺のことを見ていた。
一方で、俺の周囲は輝かしい光に包まれている。
光源は足元の幾何学模様。俺の手には読みかけの小説があり、俺の背にはヨギボーがある。これではまるで休日の読書タイムのまま、突然周囲の環境だけががらりと変化したような感じだった。
理解が追いつかない。
目の前にいる、栗色のやわらかそうな髪をした青い瞳の少女が言う。
「聞きなさい召喚獣ベルフェゴール! あなたを召喚したのは紛れもないこの私、カトレア・ミルクセーキよ!」
「んん、ミルクセーキ……?」
なんだそのメルヘンな名前。もうただの乳飲料じゃん。牛乳に砂糖と氷を入れてシェイクした甘ったるい飲み物じゃん。そんなファミリーネームはないだろう。
というか突っ込みどころが多すぎる。誰が召喚獣じゃボケ。ベルフェゴールとかいうやつでもねえし。
分かるやつが見れば分かると思うけど、なんでこいつらが俺を悪魔だと思っているのか本当に不思議でならないんだけど、ただの休日の一般人をそんな大層な雰囲気で呼び出すな。しかもヨギボーとセットで。
このくつろいだ姿勢から直していいのかも分からない。絶妙に恥ずかしい。
「……あの、俺は普通の人間だ」
頬をポリポリと掻いて自己申告。目の前の少女にはそれが分からないのだから仕方ない。
先ほどまでずいぶんとはしゃいだ様子で俺のことを最高クラスの召喚獣だと勘違いしていたみたいだから、言うのは気まずくて仕方なかった。
願わくば、このまま穏便に何事もなく元の場所まで返してもらいたいところだが……。
「えぇっ、えー……し、師匠ぉ……」
一転して困り眉をしながらテーブルのほうにいる女性に助けを求める少女。あまりにも先ほどまでの威勢の良さが消えたものだから、目の前のおやつを取り上げられた子犬のように思えてくる。
「ふむ。少し見てみようか」
そう言って、師と仰がれている女性は席を立つと俺の目の前に移動する。俺を呼び出したと思われる、少女の服装にはあまりそれっぽさを感じないが、こちらの女性は見るからに魔女といった出で立ちだ。
スタイルの良さを引き立てるタイトなワンピースにファーの付いた藍色の羽織りを背に流し、手には杖を……無から出現させた。
その女性は、俺と目線の高さを合わせるように屈むと人の顎をクイと掬ってきやがり、超至近距離でまじまじと見つめてくる。
緊張して、変に息を止めてしまった。
「いや、確かに人間じゃなさそうだ」
「待て待て待て」
おぉおおい。なに言ってんだ。びっくりした。いや、お前は正しく見抜けよ。さっきまでのこの時間はなんだよ。俺人間だよ? それは確固としたものだよ。冷汗が出る。あまりにも真っすぐな瞳で『人じゃない』と否定されると、こんなにドキィっとするんだ。知らなかった。
ただ証明したいだけなのに慌ててしまっていると、どこぞのミルクセーキがじぃーーっとした目で見てくるので腹立つ。
なんだその『この嘘つき』とでも言いたげな目は。
「でも、悪魔とも言えないかな」
「いやだから人間だっつの」
続く言葉に悪魔説は何故か取り払われたが、未だ人権を認めてもらえていないので主張する。ミルクセーキのやつ、「えっ、そうなんですか?」ときょとんとした顔をしている。
魔女は立ち上がるとミルクセーキのほうを向く。
「魔力がないみたいなんだ」
「じゃあやっぱり人間でもないじゃないですか!」
「――いやいやいやっ、魔力持ってるの当たり前じゃねえから!?」
なに!? なんなのなにその指標! 魔力ってなんだよ! たぶん俺含め現実世界の人間は誰一人としてそんなの持ってねえよ! じゃあみんな人外か。
いや納得できるかぁ!
「嘘が暴かれて発狂してます! やっぱり悪魔だ!」
「どんだけ悪魔がよかったんだこいつ……っ!」
なんだ。なんなんだこの状況。腹立つ。俺買ったばかりの新刊をこの休日に楽しく読もうとしていただけなのに。
だいたい異世界ってなんだよ。召喚ってなんだよ。それは創作の話だろ? なんで実際に起こってんだよ。しかも俺に。
あと発狂はしてないから。
異常者みたいに言うなミルクセーキ。
「悪魔ではないよ、カトレア」
「だから人間……」
「人間でもないかな」
「じゃあもう俺ってなんなの……」
だんだん悲しくなってくる。なんだこの言われよう。俺のアイデンティティってなに。
魔女は「んー……」という長考の末、ははっと笑って回答をやめた。分からねえのかよ。賢そうなのに。
なにもないところから杖を出してたのに。
「もうなんなの……本当になんなんだ……。じゃあ分かった、俺はもう人外でいいから、文句言わないから、頼むから元の場所に返してくれ……」
「それは難しいな」
「いやもう本当になんなんだよ」
迷惑。異世界って迷惑だ。いじければいいのか怒ればいいのか分からない。
発狂しそう。発狂してやろうかな。ちくしょう。
「召喚された時点で術者と呼応者の間で契約は結ばれるんだ。君はまるで人間のように意思疎通ができるけど、」
「人間だからな」
「召喚獣が必ずしもそうだとは限らない。だから、召喚した時点で自動的に結ばれる仕組みを取っている。ちなみにそれは私の発明ね」
……なんでいまこいつさりげなく自慢した?
しかもそれで迷惑被っているのは俺だし。
ちなむなよ。
「果たして、魔力ゼロの召喚獣がなんの役に立つのかは甚だ疑問だけど、カトレアの願いに呼応したのは間違いないのだから……。まあ、上手く手懐けることだねカトレア」
「手懐ける言うな。人扱いしろ」
「うーん……あまり頼りにならなそうなのが残念ですけど……仕方ないですよね。よろしくお願いします、召喚獣さん」
「召喚獣さん言うな。あとよろしくしないから」
付き合ってられん。やかましいし意味分かんねえし。なんかちょくちょく馬鹿にされている感じがするし。仕方がないので荷物は置いたまま立ち上がり、スッと一歩前に出る。と、圧を感じてか二人は引き下がるので、俺はそのまま玄関扉を目指す。
「逃げようとしてる。カトレア、練習の成果」
「はい。〈リストレント〉」
「いッ――!?」
すると、突然俺の体に『体の自由が利かなくなるレベルの電撃』が走り、痙攣し、数分間意識を落とすことになる―――……。
♢――――――――――――――――――――――♢
後書きです。お読みくださりありがとうございます!
本作品はカクヨムコン9に参加しており、期間内に十万字以上の執筆を目指して参りますので、この作品が面白い・面白そうなどと思ったタイミングでいいね、コメント、フォロー、☆レビューによるご支援をいただけますと幸いです。
(後書きは以降完結まで無しとします)
よろしくお願いします!
環月紅人 2023/12/16.
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